« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月

「できそこない」より愛を込めて

『できそこないの男たち』

(福岡伸一 光文社新書)

とても刺激的なタイトル。

氏の前著『生物と無生物のあいだ』

が非常に面白く、氏の文学的センスの良さが

本著でもいかんなく発揮されている!

とても面白い本で、あっという間に

読み終えてしまうほど、引き込まれてしまった。

この本の中心的テーマは、

生物学的な「性」の決定に関わる話。

 あらゆる生命は最初、メスとして発生し、

 メスとしての基本仕様を、オス用に

 カスタマイズすることでオスは生まれてくる。

 そのカスタマイズは、急場しのぎで

 無理があるため、男は女に比べて

 病気やストレスに弱い。

だから、男は「できそこない」 ( ̄○ ̄;)!

それにしても、『生物と無生物のあいだ』といい、

『できそこないの男たち』といい、

新書というよりも文庫本を

読んでいるような感覚におちいる。

これは間違いなく、福岡氏の文学的センスの

高さを物語っているものであり、

分子生物学者としての知識の深さに加えて、

巧みな文章表現に、思わずうなってしまう!

「理系人間、文系人間」と人を専門で大きく

分けるような言葉もあるようだが、

氏の著書を読んでいると、いわゆる、

「総合的知性」の必要性を強く感じる。

ところで、10月も今日で終わり。

今日はハロウィンであると同時に、

ピンクリボン月間の最終日でもある。

「ピンクリボン」は、

乳がん撲滅キャンペーンのシンボル。

10月1日は、ピンクリボンデイとして、

東京タワーをはじめ、各地のランドマークが

ピンク色にライトアップされて、

ピンクリボン運動の啓蒙が行なわれた。

このブログに触れていただいている

女性の方は、恥ずかしがらず、

あるいは面倒くさいと思われることなく、

「マンモグラフィー検診」を

ぜひ受けていただきたい!

いずれの「がん」も早期発見、早期治療が

大原則であるが、特に乳がんは

早期治療でほとんど治るがんの1つ。

そのためには、早期発見が欠かせません!

いつまでも美しく輝く存在でいてほしい!

男としての切なる願いです (^-^)

「できそこない」より愛を込めて…

| | コメント (6) | トラックバック (0)

手も、心も温かく!

「手が温かい人は、心も温かい?」

そう感じさせる研究がある。

2008年10月24日号の科学誌『サイエンス』に

掲載された、アメリカ・コロラド大学ボルダー校の

Williams博士とBargh博士による、

温度が感情に与える影響を検討した論文。

結果は、温かいものを持つと人を好意的に

見るようになり、おおらかな気分になるという。

実験方法は2つ。

1つは、温かいコーヒーカップあるいは、

アイスコーヒーのカップを持つように

依頼した上で、架空人物の情報

(知的である、手際が良い、まじめ、

現実的である、注意深いなど)を

口頭で伝え、その人の印象を答えさせるもの。

もう1つは、温かい治療用パッドあるいは、

冷たい治療用パッドを持ってもらう

「テスト」を行い、その報酬を

参加者自身がもらうか友人にあげるかを

選ばせるというもの。

結果はお察しの通り!

温かいコーヒーカップを持った人は、

アイスコーヒーのカップを持った人より、

口頭で聞いた架空人物を、「温かい人」だと

評価する傾向にあり、

温かいパッドを持った人の方が、

冷たいパッドを持った人に比べて、

「友人に報酬をあげる」と答える傾向にあった。

やはり!

「手が温かい人は、心も温かい!」 (^-^)

正確に言うと…

「手が温かくなると、心も温かくなる」かな? (^-^;

以前、このブログで、

「手が温かい人は、心が冷たい」というのは、

科学的根拠がないと思う!と書いた。

「温かい手」

今回の論文は、その反論が正しいことを

科学的に証明してくれたような気がした。 (^-^)

以前のブログでは、

 「温かい手」はとても貴重なこと。

 さらに、「温かい心」で接することは

 もっと重要なこと。

と書いたが、今でもその気持ちは変わらない。

ただ、今回の結果からすると…

「温かい心」で接するには、

「手を温かくすること」になるかな? (^-^;

手が温かければ、他人が温かく見え、

寛大になるのだから…

やはり、「手も、心も温かく!」が大切。

「手の温かい」方へ!

大丈夫です! これからは自信を持って、

「心も温かいよ!」と言って下さいね!

 (v^ー゜)ヤッタネ!!

「手が冷たい」と感じる方へ!

大丈夫です! 温かいものを持てば、

心も温かくなるのですから!

 o(*^▽^*)o

「手も、心も温かく!」です!! (^-^)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

パッション!

「まず大事なのは、

何にパッションを覚えるかを探すこと

それを見つけたら、もうしつこく粘り強く

あきらめずやり続けること。

障害があったら、それをスプリングボードに

することだと思います。」

昨日(10月28日)放送された

『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、

「プロフェッショナルとは?」と問われて

野尻知里さんが答えた言葉。

医療機器メーカーで、

新型人工心臓の開発に取り組む

野尻さんは、元心臓血管外科医。

さまざまな困難が立ちはだかっても、

「夢」という言葉を胸に、

「情熱」を持って前に向かって進む姿は、

自分の心に強く響いた。

「あの人はスゴい!!」と

素直に思うことがよくある。

それが、「あの人だからできる!」

「あの人と自分は違う…」などと、

あこがれの気持ちを徐々に自分から

遠ざけてしまってはいなかっただろうか?

たしかに!「夢」をかなえる人はスゴい人!

でも、その人は何も特別な人ではなく、

「夢」をあきらめず、「情熱」を持って、

「夢」に向かって前進し続けた人。

「夢」をかなえたその人にも、

「あこがれの人」がきっといたはず。

もし、「この人!」がいなかったとすれば、

「あこがれの自分」が「あこがれの人」。

「その人のようになりたい!」という

情熱(passion)も「夢」に向かう力となる。

情熱(passion)という言葉は、

キリストの「受難」(Passion)と

同じ語源を持つ。

この世で難を受けるからこそ、

困ったことがあるからこそ、

情熱は生まれる。

誰だって、生きていくうえで

苦しいことや悲しいことくらいある。

だからこそ、生きるエネルギーも

涌いてくるのである。

(『思考の補助線』 茂木健一郎)

先日のパネルディスカッションで、

司会を務められた大学教授が、

「パッションにあふれたご講演でしたね」

と、自分の講演の後の第一声。

それは、自分の「情熱」が伝わった!と、

とてもうれしくなった瞬間。

困難な状況になった時、

心の中で「パッション!」とさけんでみる。

「情熱」も「受難」も

「パッション!」だから (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (1)

ネガティブを、ポジティブに!

「抄録見たよ!」

朝一番に自分の顔を見たU先生が、

笑顔で近づいて来られた。

「これで自分の責任が果たせた!」と

安心するかのような笑顔でもあった。

(「人生のおばけ坂??」)

「顔色があまりすぐれないなぁ…」

とU先生の顔を見て直感したが、

研究の話になると、いつも楽しく、

それでいて、とても情熱に満ちて

話すいつものU先生であったので、

話を聞いている時は、

「すこしお疲れなのかな?」

と思う気持ちもどこかに…

さて、自分の抄録の校閲。

「さすがはU先生!」と

うならせるような見事な示唆。

「まじめすぎるんだよなぁ、先生は!」

そう言って苦笑いするU先生は、

矢継ぎ早に笑顔でこう話す。

「正攻法だと、結果は確かに、

先生の書いた順にはなるけどさぁ、

それだと、ネガティブデータが続いて、

ポジティブデータにやっとたどり着く。

これじゃ、あまり読む気がしなくなるんだよ!

せっかくのポジティブデータが色あせる…

ここはいきなり、ポジティブデータを

結果の文頭におく!強引だけど…

それで、ネガティブデータにつなげる。

そうすれば、一番言いたいことが

きっと伝わるはず!抄録なんだから!」

なるほど!

さっそく、指示通りに直してみる。

たしかに!

これで、とてもわかりやすくなった。

とは言っても、

結果の順序を変えただけだけど…(^-^;

そして、再びU先生に見せると、

「おぉ!これこれ!これでイイ!」

とびっきりの笑顔で話すU先生。

さすがは、さまざまな学会賞を

総ナメにしているU先生。

観点が違う!

どうすれば人に伝わるのか?を熟知している!

医学の世界も競争社会。

今回エントリーする学会も、

全抄録の2割程度しか採択されない。

つまり、8割程度は発表の機会がない!

同じ結果を伝えるにしても、

いかに発表の機会に結びつけるか、

それが問題だぁ!

ところで、ポジティブ→ネガティブの

順に伝える方が良いのは、抄録に限らず、

人も同じじゃないかな?と思った。

人には長所(ポジティブデータ?)と

短所(ネガティブデータ?)が必ずある。

短所ばかりが前面に出てしまって、

目につくようになると、正直なところ、

印象はあまり良くない… ( ̄○ ̄)

「あばた」だけが目立ってしまう感じ?

ところが、長所が前面に出ると、

良い印象を持つようになり、

短所が出てきても、

「そんなところが、またイイ!」

なんて思ってしまったりもする (o^-^o)

「あばたもえくぼ」っていう感じ?

「人間は不完全 長所半分 短所半分」

(芳村思風)

これは、自分の大切な人が贈ってくれた

日めくりカレンダーにある言葉。

今回の抄録のように、同じ内容でも、

順序を変えるだけで、全体として

ポジティブな印象を与える。

ネガティブデータにも意味がある!

人も同じじゃないかな?

長所を前面に押し出す努力によって、

「長所を伸ばす」ことができるように思う。

ネガティブデータをポジティブデータに

変えるのではなく(変えるとねつ造!!)、

順序を変えることでポジティブに!

ネガティブデータを否定せず。

ところで、U先生。

昨日の外来中に、めまいで倒れ、

代診となってしまう…

早速、脳のMRIを緊急で撮影し、

神経内科を受診。

結果は…

「頭はイイって!」と笑顔で話すU先生。

「それって、頭は大丈夫!って言うんじゃないですか?」

「ははははは!」「ははははは!」(笑)

点滴も受けてずいぶんお元気になった様子。

「疲労だって言われたよ!」

「たぶん、まじめに仕事しすぎて、

先生のが伝染ったのかもしれないなぁ」

(5月と7月に倒れたのがバレてる…(^-^; )

「おたがい気をつけましょう!」

と笑顔で話す2人。(^-^)

疲れた体にもかかわらず、

自分の抄録を見ていただいたU先生。

心から感謝します!

ありがとうございます!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

命の言葉を受け継いで

「命の言葉が受け継がれていくことは、

私の夢です。」(宇佐美百合子)

昨日、大学での仕事を終えて帰り、

「すこし疲れたな…」と思っていた時、

手にした本の「はじめに」に書いてあった。

『もう、背伸びなんてすることないよ』

8月の夏休みに読んだ本で、

このブログにも書いたことがある。

「美しい言葉」

期せずして、ふたたび手に取った

本の「はじめに」にこうある。

 一ヵ月後、半年後、一年後でもいい。

 同じページを開いてみてください。

 最初に読んだときよりも、

 共感できたり、その先をいっている

 自分を発見するかもしれません。

 そうしたら今度は、その言葉に

 あなたの命を吹き込んで、

 あなたの大切な人に

 渡してあげてくださいね。

 命の言葉が受け継がれていくことは、

 私の夢です。

たしかに!

8月に読んだ時とは感じ方が違う!

宇佐美さんの言葉を借りれば、

「その先をいっている自分を発見」

できたのかな?

肌寒さを感じる季節になると、

時に心もさみしくなるもの。

やるべきこと!をやりとげても、

なぜか心がむなしいこともある。

「いつだって、ハイテンション!」

というわけにはいかないし、

そうあろうとムリをする方が、

「こころとからだ」に悪いかも…

ネガティブな感情も意味がある。

ただ、ネガティブな感情に

支配されてしまうのは、

「こころとからだ」に良いはずがない。

やるべきことを淡々とやる毎日。

「そんなこと、当たり前!」

と言われれば、そうかもしれない。

でもね、時にはその「当たり前」が、

「当たり前!」のようにできないこともある。

それでも、淡々とやる。

現在(いま)の自分は、

やれるようになったと思う。

「すごい!」ことでも何でもないが、

時には自分で、「自分ってすごい!」と

ほめてあげることも大切かな…

それでもできない時は、休めばイイ。

その方が、心の健康を保てるから…

冒頭の言葉にあるように、

著者の宇佐美百合子さんに敬意を表して、

この本にある「命の言葉」の一部を

このブログに触れていただいている

大切な人に受け継ぎたい。

 心が痛いのは、大切なことを

 受け取っている証拠

 あなたの代わりはどこにもいない

 あなたの時間は

 あなたの命の時間

 無邪気になって

 心から、自分を楽しもう

 あなたという花が世界に一輪ひらく

 あなたの価値は無限大!

あなたの心がすこし疲れているとしたら、

あなたの心に「元気」(もとの気)が

早く戻ってきますようにと祈りながら…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「磨く」or「研く」?

「感性を磨く」

「丸く研く」

このブログに書いてきた言葉。

「みがく」を漢字で書くと、

「磨く」と「研く」がある。

ふいに、どう違う?と疑問が…

新幹線の車内誌『WEDGE』11月号に

「一意専心 修業の辛さに耐え研ぎと向き合う」

と題して、23歳の刀剣研師

水田吉政さんを紹介している。

中学卒業時に茶髪でピアスの不良だった

水田さんが、8年の修業を経て、

「日本刀づくりの技術を磨く」という

講習会の最年少講師として注目をあびた

様子が書かれている。

その記事の中で、自分が「気づき」を得たのは、

「研ぐだけでなく、観るにも十分時間をかける」

という箇所。

「研ぎは研ぐことに終始するのではない。

 研ぎを一押ししては眺め、

 二押ししては眺め、砥石に当てるのと

 同じ時間くらい、じっと刀を観る。」

人生においても同じことが言えるのでは…

「研いて、観る」

自分を研くだけでなく、しっかりと自分を観る。

そして、自分を観た後は、ふたたび自分を研く。

この繰り返しこそが、「研く」ということ。

同じく、『WEDGE』11月号に、

「昔の自慢話はやめよう

「今」を磨けば人はついてくる」

と題して、元プロ野球選手の

村田兆治さんを紹介している。

離島を回り、子供たちに野球を教える

村田さんは、まもなく59歳になる

「今」も140キロの球を投げる

努力を怠らないという。

子供たちに「本物」を見せるために。

そして、

「こうなりたいっていう夢があるから、

人間は努力ができる。夢に向かって

集中して緊張感を持って挑戦する経験が、

自信につながるんだ」と話す。

これこそまさに、何歳になっても、

「今」を磨き続けることの大切さを

伝えようとしている。

さて、「磨く」と「研く」

漢和辞典によると、

「磨」は、「石」に、

すりもんで繊維をとる「麻」を加えた

漢字で、石をこすり合わせる意味を持ち、

「すりみがく、すりへる」意味になる。

一方、「研」は、「石」に、

二つのものをとぎ減らして高さをそろえる

「干干」を加えた漢字で、

石でこすってみがく、とぐ意味を持つ。

転じて、「つとめはげむ」意味となる。

だから、「研磨」という漢字は、

「とぎみがく」という意味に加えて、

「学問・技能をみがく」という意味になる。

さて、字の意味もわかったことだし、

日々ますます研鑽することで、

「今」の自分を磨き続けるぞ!

そうそう!

自分を観ることも忘れずにね!(^-^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

見上げれば宇宙(そら)、傍らには音楽

雨降りの日が続くと、

すこし気が重くなるもの。

特に10月の雨降りの夜は、

とてもさみしい記憶を思い出させる。

豪傑でいて繊細、大胆でいて緻密、

仕事には厳しいが、人にはとても優しく、

笑顔の素晴らしいU先生が急逝されたのは、

4年前の10月。

その通夜の時は、なみだ雨。

いつも心に音楽をもっていた人。

歌うことも大好きだった先生。

大病院の院長に10人抜きで大抜擢され、

病院の大改革に多忙な中、

倒れられ、帰らぬ人となった。

忙しさのあまり、歌うことができず…

通夜の後、先生を弔うように、

そして、あふれる哀しみを

癒すかのように、夜更けに歌った。

大切な人とともに…

雨が降る時は、雨雲で青空が見えない。

雲の上では、太陽が燦々と輝いていても…

晴れた青空の下では、星が見えない。

大気の向こうでは、星々が輝いていても…

その時にその場で見えるものだけが

すべてではない。

何かに隠されていてはいるが、

確実にその向こうにあるもの。

それに気づかず日々過ごしている。

時には、はるか遠くに目を向けて、

隠れているものを見ることも大切。

ものの本質を見逃さないためにも…

見上げれば宇宙(そら)があるから。

心を癒し、心を和ませ、

心励ますその傍らには音楽がある。

4年前、心癒すために歌った

SMAPの『らいおんハート』を思い出す。

 君はいつも僕の薬箱さ

 どんな風に僕を癒してくれる

 笑うそばから ほら その笑顔

 泣いたら やっぱりね 涙するんだね

 失ったものは

 みんなみんな埋めてあげる

 この僕に愛を教えてくれたぬくもり

 君を守るため 

 そのために生まれてきたんだ

 あきれるほどに そうさ

 そばにいてあげる

そして、現在(いま)、JUJUの

『Open your heart 〜素顔のままで〜』

も心を和ませてくれる。

 Open your heart 素顔のままで

 Open your heart 素直な君のままで

 輝く季節は巡りくるから きっと

 Open your heart 涙を拭いて

 Open your heart 空を見上げて

 輝く季節は君にくるから

 Song for you... and... I

音楽と宇宙(そら)。

何か広いつながりを感じる。

音楽はいつも心の中にあり、

宇宙はいつもはるか向こうにある。

大切ものや、本質が見えなくなった時、

音楽を聴きながら、空を見上げてみる。

大切な何かを見逃さないために。

そして、今はもの言わぬ人に語りかける。

大切な何かを確かめるために。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

90度見方を変えてみれば…

「視点を90度変えてみませんか?」

ひとりで悩む患者さんを前に、

自分が口にした言葉。

ある知覚の障害を訴える

初診の患者さんは、

セカンド・オピニオンを兼ねて、

かなりの遠方から来られた。

よくよくお話をお聞きすると、

この患者さんは、とても心優しい人。

「まわりに迷惑をかけたくない!」

という一心で、独り耐え忍んでこられた様子。

その分、医療に対する期待が大きく、

担当医が丁寧に説明して同意し

開始した治療だったが、

「良くなるのには半年位はかかりますよ」

の「半年位」が過ぎても変化しない現状に、

焦りや、すこし苛立ちを覚えたとのこと。

「ん〜 やはり言葉って難しい…」

おそらく、根気よく治療を続けてもらおう!

と思って発したであろう言葉が、

患者さんには「半年位で治る」という

意味に変わってしまったようである。

まじめで心優しい患者さんは、

時にまわりが見えなくなってしまうもの。

この患者さんもそうかもしれない。

よくよくお話しさせていただいて、

まわりの人々の助けを借りながら、

近くで根気よく治療を続けることを

説明したら、笑顔で納得された。

前を急ぐ時は、

横に寄り添う人も見えなくなる。

車に乗って高速を走っていれば

確かにそうですよね。

あるいは、前を向いて

足早に歩いている時もそう。

時には車を止めて、

あるいは歩みを止めて、

「視点を90度変えてみませんか?」

するとそこには、あなたの横で

あなたに寄り添う人が真正面に見えるはず。

もし、あなたが大切な人の運転する

車の助手席にいるのだとしたら、

「視点を90度変えてみませんか?」

するとそこには、あなたを安全に

目的地へと移動させるために、

今まさに心くだいている

大切な人の姿が見えるはず。

90度見方を変えてみれば、

あなたの味方が見えるはず。

「ん? 横に寄り添う人がいない?」

そんなことはありません!

視点を90度変えてみれば、

いつもあなたの後ろにいて、

あなたをそっと見守っている人の姿が、

あなたの視界に入ってくるはず。

ほら!気づいたでしょ?

あなたのまわりには、

あなたの心に寄り添う人が

たくさんいることを!

ブログに接していただいている方へ。

もし良ければ、

自分もあなたの心に寄り添う人の

1人に加えてもらってもいいですか?

 「なにもできないけど

  ずっとそばにいるよ」

 (晴佐久 昌英)

自分はいつもあなたのそばで、

あなたの心に寄り添っています。

そして、心の機微に寄り添う感性を

ますます磨いていきたい!(^-^)

早速、90度見方を変えてみれば…

「あれ?いないよ!?」(-_-X)

「あっ!早足なものでつい…」(^-^;

時にはそんな、

「あなたの前ですぅ!」(゚▽゚*)

みたいなこともあるかもしれませんが…

自分はいつもあなたの心に寄り添っています。

あなたのそばにあるパソコンや

ケータイがその「とびら」。

あなたが触れたい時にだけ、

その「とびら」を開けばイイのです。

それがブログのイイところ…(*゚▽゚)ノ

いつでも、どこでも、

あなたが触れたい時に、そばにいて、

あなたが笑って、「ほっ」とできれば…

いつでも、どこでも、祈っています。

では!

今日も元気に「おはようございます!」

そして、「ブログに接していただき、

ありがとうございます!!」 (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

決断を信じる!

「決断にかける」

 決断とは、

 いろいろとある選択枝の中から

 ひとつを選び取るだけではない。

 決めたら、選ばなかった他のものは、

 すべて捨て去る。

 断ち切ること。

 (芳村思風)

厳しい言葉ではあるが、正しい。

反論の余地なし!という感じ。

だって、「決断=決める+断つ」のだから…

ただ、考えに考え、迷いに迷って、

辛い「決断」をした人に向かって、

自分は「決断にかけろ!」、

「断ち切れ!」とは言えない…

正しくとも、厳しすぎると思うから。

たぶん、著名な哲学者の先生とは

人間の器の大きさが違うからだろう…

その言葉を言って、引き受ける器の大きさが。

自分の前には、さまざまな病気を抱えた

患者さんがやってくる。

そうした人たちの中には、

辛い「決断」を強いられた人も多く、

その「決断」で果たして良かったのだろうか?

と悩む人に向かって、

「決断にかけろ!」「断ち切れ!」

とはやはり言えない…

「決断にかける」「断ち切ること」

という言葉は、当然、強い語調で

話されるのではないと思うが、

それでも強い言葉のように感じる。

何度も言うが、決して間違ってはいない。

ただ、迷う時において、

精神的に受け止めるには、

あまりにも辛い言葉かもしれない。

だって、「真実は劇薬」(河合隼雄)

なのだから…

「じゃあ、どうするの?」

と聞かれると、自分はこう答えます。

「あなたが選んだ決断を信じます!」と。

「こうしたい!」と自らすすんで

「決断」した人にも、

辛い「決断」をせざるを得なかった人にも、

「あなたが生きる上での決断」をした以上、

「あなたが選んだ決断を信じます!」と。

どんな「決断」でも、考えに考え、

迷いに迷って、決めるもの。

その「決断」が辛ければ辛いほど、

選ぶことに相当のエネルギーを使ったはず。

果たして、断ち切るエネルギーはあるだろうか?

他の人はあるのかもしれない…

残念ながら、自分にはない。

むしろ、残ったエネルギーは、

「断ち切る」方にまわすよりも、

「決断」した道を進むエネルギーに

まわしてしまうのは、自分が弱いからかな?

だって、相当のエネルギーを使って

「決断」したのだから。

だから、自分は「決断」をした人の

背中を「そっと」押してあげるのです。

「あなたが選んだ決断を信じます!」と。

あなたを信じているから、

あなたが選んだ「決断」も

信じることができる。

ただ、冒頭の哲学者 芳村先生は

優しくこうも語ります。

 問題が出てきたから、

 選んだ道が間違っていたのではない。

 人間は不完全だから、

 問題がないことはない。

 問題のない道は、成長のない道。

こういうあたりが、

人間の器の大きさの違いかな?

「決断」の先まで見通して、

「成長」を考えるのだから…

「すごい!」と思っても、やはり自分は、

「決断にかける」「断ち切ること」

とは言えず、こういうのです。

「あなたが選んだ決断を信じます!」と。

そして、選んだ道で問題が出てきたら、

「よければいっしょに考えましょう!」と。

それが、あなたが「決断」した道を

前向きに進む力の「後押し」になるなら…

(^-^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

創造的先延ばし

「創造的先延ばし」

昨日(10月21日)の

『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、

茂木さんをして「1000本ノック」

と言わしめた、100名のスタジオ視聴者の

質問に対する答えの1つ。

「休日に映画を見に行って、プールに行って…」

「あれも、これも」と計画を立てるものの、

結局いかずじまいに終わっていまう。

そして、できなかったことに

自己嫌悪を感じてしまう。

よく「あるある」と思われるようなこと。

キャスターの住吉アナも思わず共感!

それに対して茂木さんは、

「計画を立てた時点で、

脳の中ではドーパミンが出て

満足してしまっている。

実は何もしていない時でも、脳は働いている。

だから、そんなに自己嫌悪に感じることはない。

身体を休めるということも、大事なこと。」

そうした概念を、「創造的先延ばし」。

「さぁ、やるぞ!」と計画しても、

なかなか思い通りには行かないもの。

時として、「まぁ、いいか…」

に変わることもある。

でも、「創造的先延ばし」。

自己嫌悪に陥ることなく、

ポジティブに受け止める。

ただ、常に「まぁ、いいか…」となって、

「創造的先延ばし」を言い訳の常套句に

してばかりはすこし困りものだけど… (^-^;

先延ばしして、いつの日か

実現するために大切なことは、

「常に頭に置いておく」ということかな?

できる時にすればイイ。

できなかった自分を責めるよりも、

できた自分をほめてあげる。

そのサイクルを回すことで、

計画倒れに終わらない自分に

変えていけるかも… (^-^)

そうそう!

「マジメも休み休み言え」

(『こころの処方箋』 河合隼雄)

これも大切かな。

休日を「有意義」に過ごそう!と

マジメに考えることが原因で、

自己嫌悪になっては… (>_<)

「休む」ことで生まれる心のゆとり。

時には「ほっ」とする時間も、

自分の感性を磨くには大切な時間と

あらためて感じる朝。 (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

ふたつよいことさてないものよ

「ふたつよいことさてないものよ」

(『こころの処方箋』 河合隼雄)

いろいろな解釈が可能な言葉。

河合先生の解釈では、

「一つよい事があると、一つわるい事がある。」

何かよい事があると、それとバランスする

「わるい」事の存在が前もって見えてくることが多い。

前もって見えてくると、それを受ける覚悟ができる。

覚悟があると、しのぎやすくなり、

難を軽くする事もできる。

また、「ふたつわるいこともさてないものよ」

何かわるい事や嫌な事があるとき、

それに見合う「よい事」が存在している事も多い。

さらに、「さてないものよ」とは、

「ふたつよいことは絶対にない」とは言っていない。

ふたつよいことも、あるときはある!

今年の4月、自分の身に降りかかった

とても辛い出来事。

その時は食事も喉を通らず、

夜眠る事もできず、

仕事は当然休むわけにいかず…

今にして思えば、「よくもったものだなぁ」と。

そんな時、「ふたつよいことさてないものよ」

この言葉を知って、心がすこし穏やかになった。

過去の事実は何ら変わらない。

それでも、「ふたつよいことさてないものよ」

ものごとに対する別の見方ができるようになり、

前向きに、そして懸命に生きる力がわいてきた。

がむしゃらに仕事をし、がむしゃらに本も読む。

それでも、心が満たされないし、

心の中に空いた大きな穴も埋まらない。

ただ、自分が頑張り、懸命に生きる事で、

人によろこびを与える事が

できると信じるから…。

今の自分は確かに元気です。

でも、これまで幾度となく、

そして最近でさえも、

辛さと哀しさで押しつぶされそうになりました。

そんな時は、人知れず涙を流します。

ひとりで思いっきり泣くのです。

「男は泣かない!」

「大の大人がはずかしい!」

そう思われても仕方ありませんが、

自分は人である以上、

うれしい時は喜び、

腹が立つ時は怒り、

楽しい時は笑い、

そして…

つらく哀しい時は泣くのです。

とてもはずかしいくらい弱い人間です。

でも、「耐える」だけが精神力ではありません!

人に迷惑をかけなければ、

泣きたい時におもいっきり泣けばイイ。

「頑張る」必要はありません!

できる時は、頑張らなくても頑張れます。

できない時は、休めばイイ。

ひとしきり泣いて、心安らいだ後は、

前向きに考え、行動します!

たとえ大したことじゃなくても、

とにかくやってみる!

それが、自分の生きた証になる!と信じるから。

たとえ辛い状況がかわらなくても、

笑顔になってみる!口角を上げるだけでもイイ!

それが、自分の生きる力になる!と信じるから。

今、時計は10月21日の午後9時半になる頃。

いつもこのブログに触れていただいている方は、

「夜に更新?」といぶかる向きも

おありかもしれませんね。

「いつもは朝しか更新しないのに…」

でも、決して気まぐれではありません。

明日の朝になれば、いつものように更新します!

今夜のブログ更新も自分の「感性」です! (^-^)

今、「辛い!」と感じておられる方の辛さが、

すこしでも早く和らぎますように…

今、「幸せ!」と感じておられる方の幸せが、

ますます大きな幸せに育ちますように…

そして、このブログに触れていただいた方すべてに

最上級の幸せを!!

そう祈りながら、今夜ブログを更新します。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

人生のおばけ坂??

「人生は、いつ地面に着くかわからないすべり台を

滑っているようなものではないだろうか?」

(『生きて死ぬ私』茂木健一郎)

10月15日、茂木さんのブログ

「クオリア日記」には、

「さまざまな仕事に追われていて、

日記をゆっくり書く暇がありません」と。

折しも、同じ日に、茂木さんと

同じ歳のU先生へ、

学会の抄録を送ったところ、すぐさま

「いろいろな仕事が追いついていません。

少し時間を下さい」とメールの返信。

同じ日に、同じような文章を見る偶然…

「人生の時間について考えてみれば?」

という知らせのようにも思える。

昨日の朝、U先生から直接、

「相変わらず、仕事に追われてる…。

もうすこし待ってほしい」と言われる。

「仕事に追われてる」という言葉を聞いた途端、

冒頭の「すべり台」の喩えが頭に浮かぶ。

「すべり台」をすべると言うよりはむしろ、

下り坂を駈けるように下っているところへ、

「仕事!」と書いた大きな鉄球が、

真後ろからゴロゴロ!と大きな音を立てながら、

追いかけられているようなイメージ…

(〃゚д゚;A A゚Å゚;)ゝ ゚+:.

自分も同じ歳になって、

さらに忙しくなったら、

同じことを思い、

同じ表現をするのだろうか?

沖縄県の久米島に、「おばけ坂」がある。

誰の目にも「上り坂」に見える坂の

始点に立って玉を置くと、

その玉が坂を上っていくように見える。

だから、「おばけ坂」。

実は、急な下り坂と緩い下り坂が続く場合の

いわゆる、目の錯覚。

急な下り坂の後の緩い坂の部分が、

上り坂に見えてしまう。

だから、玉が坂を上っていくような錯覚を見る。

今、自分が「上り坂」と感じている坂も、

実は「下り坂」である「おばけ坂」なのでは?

仕事は確かに忙しくなったが、

数カ月前のある事で、もの事に対する見方が

大きく変わった。「辛い!」と感じる事も、

その「辛さ」に比べれば大した辛さに思えない。

おそらく、坂の勾配が緩くなったのだろう…

だから、坂を上るような錯覚に陥っているだけ。

でも、その方がすこし楽なのかも…

たとえ錯覚で、実は「下り坂」だとしても、

その坂の勾配は緩やかなのだから…

後ろから「仕事!」という大きな鉄球に

追いかけられていても、坂の勾配が緩やかなら、

そのスピードはすこし遅くなる。

「人生は大きな下り坂」

たとえ、「今、自分は上っている!」

と感じていても、実は「おばけ坂」。

そんな錯覚も、

人生のおもしろさの1つかな? (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

時空を旅する人

「ひろがれ!とどけ! そして、つながれ!」

昨日のパネルディスカッションは大盛況。

それぞれの分野のスペシャリストが集まり、

わかりやすく、そして面白く語り合う。

参加者の熱意はものすごく、

こちらも負けじと熱く語る。

会場は大盛り上がり! (^-^)

その分、終わった時は一気に疲れが… (@Д@;

今回がきっかけとなって、

さらに発展すれば…と考えていたら、

冒頭の言葉が頭に浮かんだ。

「池の真ん中に石を落とし、その波が

みぎわまで届くように!」

とイメージしながら…

「じゃあ、未来はどうなのだろう…」

ふと、「未来」に思いをはせてみる。

「今ここ」にある「現在」を懸命に生きる。

時が経てば、「未来」は「現在」になり、

「現在」も時が経てば、「過去」になる。

パネルディスカッションの打上げが終わり、

帰ってから疲れた体を横にして、

『篤姫』の録画を観る。

「薩長同盟」の後、寺田屋で傷を負った

坂本龍馬が、おりょうをともなって薩摩を訪れ

霧島温泉で傷を癒す。

自分は3年前、霧島神宮と霧島温泉へ。

今度は「過去」へと思いをはせる。

「過去、現在、未来の区別は、単なる幻想に過ぎない」

とはアインシュタインの言葉。

物理学的には幻想かもしれないが、

脳の中では「過去」の記憶と、

「未来」を仮想する「現在」が存在する。

「未来」や「過去」を行き来する

まるで「時空を旅する人」のように…

今度は、「現在」を思う。

最近、「すきま時間」の使い方が

あまり上手くないなぁと感じる。

「ん?そもそも時間にすきまってある?」

あくまでも、行動と行動の「すきま」であって、

その「すきま」も、どう行動するか…

「今ここ」で後悔しても仕方がない!

明るい「未来」を創造するためにも、

「今ここ」にある「現在」の時間を

もっと有効に活用すればイイ!

そうすれば、充実した「過去」となるはず。

後悔せず、前向きに取り組もう!

そう思うと元気が出てきた。 (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

お天道様が見てるから

「紅葉の中で仏さまに出会ってしまいました

急いでケータイを切ります。あしからず。」

昨日の朝、このフレーズを見て

思わず「やられた!」

Cp_081003_3

今年秋(盛秋)のJR東海

「そうだ京都、行こう」のポスター。

このポスターを見るたび、

京都のとても美しい写真に魅了される。

それとともに、添えられるフレーズもイイ。

今年の盛秋のフレーズは特に素晴らしい!

ケータイの電源を切るのが、

仏さまに出会ってしまったから…

しかも、CMとはまた違ったイメージで!

今年のポスターのフレーズのように、

ケータイの電源を入れていることが

気恥ずかしくなってしまうほど魅了される感覚。

そんな心のゆとりをもって仰ぎみる感性。

こうしたことがさりげなくできる素敵な心。

そのいずれにも「やられた!」と感じた。

人が人々の中で気分良く生きていくのに、

マナーはとても大切。

まずは自分自身が自覚して

マナーを守ることが、一番ではあるけれど、

「マナーを守りましょう!」や

「マナーが悪い!」というだけで、

人はマナーを守る気になるだろうか…?

ポスターを見た後、乗り換えた電車の車内で、

大きな大人の男性が大声で

「はい、はい」とケータイに向かって話していた。

その人のまわりの空気がすこし重くなる。

すると、小さい男の子が同じく大声で

「はい、はい」とケータイで話すまねをする。

その姿を見た途端、大声で話していた男性が、

小声になって、「今電車だから…」と

苦笑いしながらあわてて電話を切った。

まわりの人からもクスっと笑いがもれる。

一瞬にして空気が変わった。

「すごいぞ!君はヒーローだ!」

とばかりに小さなヒーローへ笑顔を贈る。(o^-^o)

その男性は「自分さえ良ければ…」とは

思っていなかったはずだろうけど、

すこしまわりが見えていなかったのかも…

でも、良かった!

小さい男の子の姿を見て、

その男性も自分の姿に気づいたのだから!

そんな2人に拍手です! (≧∇≦)

メディアによると、最近の世の中は

「モンスター」であふれてる。

じゃ、ホントに「モンスター」だらけ?

自分は決してそうは思わない。

「モンスター」は「ガォー!」と声高に

叫ぶから目立つだけで、

マナーの良い素敵な人は

とてもさりげないから目立たないだけ。

逆に、そのさりげなさが目立たないのは、

それが当たり前だからかも知れない。

そうした世の中の方がむしろ健全かも。

マナーが悪いと言って責めるより、

マナーの良い人を素敵と思うこと。

さらに、優しさにあふれる行動を見たら、

その人に向かって素敵な笑顔で讃え、

心の中でさわやかに拍手する。

そんな素敵な光景があちこちで見受けられると、

よりマナーを守りたくなる。

日本では、まわりに人がいなくても、

「お天道様が見てるから」という

自分の行動を省みる言葉がある。

「マナーが悪い!」と注意され、

嫌な思いをするよりも、

「お天道様が見てるから」

その方がずっと気が楽。

「じゃあ、できてる?」と聞かれると、

「ん〜 お天道様に恥ずかしい… 」 (^-^;

でも、気恥ずかしい苦笑いより、

素敵な笑顔を贈られる方がイイですよね!

それに、「お天道様が見てるから!」 (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

心が寂しく感じる時は

「今晩何が食べたいですか?」

そう聞かれて、温かいものが食べたい!

と感じる時は、寒い時ですよね。

でもそれは、気温が低くて寒い時だけ?

2008年9月の『Psychological Science』誌に

興味深い報告がある。

カナダ・トロント大学のZhongとLeonardelliの

研究によると、人は社会的疎外感を感じると、

「室温が低い」と感じ、スープやコーヒーなど、

室温よりも温かい飲み物を好むという。

だから、「寒い」という感覚は、

人の社会的排除の経験の一部と考えられる

というもの。

確かに、人は孤独感を味わうと、

寒く感じる。そして、

温かいものが欲しくなる。

「森のイスキア」の佐藤初女さんは、

孤独にさいなまれた人の話をひたすら聞き、

心を込めて料理を作り、一緒に食べるという。

目の前で作るその料理は、温かい。

話を聞いてもらい、温かい食事を食べた人は、

孤独感からすこし解放されて、

気持ちがとても楽になるという。

「今晩何が食べたい?」と聞いて、

「何でも」と答えるのが男性の常套句。

いつもは「何でも」と答える人が、

もし「温かいもの」と答えた時は、

社会的排除感を感じているかも…

そんな時は、部屋を暖かくして、

温かい食べ物を一緒に食べると、

知らず知らずのうちに、

心温まる感覚に包まれるはず。

すこし肌寒く感じる時の

ミネストローネは最高!

人はそうして寂しさに

対処しているのでしょう。

さて、「今晩何が食べたいですか?」

日中は秋晴れの陽気に包まれて、

夜は温かいものを大切な人と食べる。

そんな素敵な時間が過ごせれば

きっと心も癒される。

良い週末をお過ごし下さいね! (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ブログで伝わるもの

「本が売れる理由」

昨日(10月16日)の日経新聞夕刊のコラム

『あすへの話題』のタイトル。

昨日のコラムを書いた

分子生物学者の福岡伸一さんは、

『生物と無生物のあいだ』の著者。

この本が数多く売れた理由として、

「本が売れる最大の理由は、

その本が今売れているから」

とコラムに挙げている。

そうしたポジティブ・サイクルを生むのに、

ネットの力、特にブログの力が大きいという。

ただ、ブログで「面白い」というだけで、

それほど売れるものだろうか…

確かに、自分が本を選ぶ理由の1つに、

ブログの情報も参考にする。

実際、『生物と無生物のあいだ』

を読んでみて、分子生物学について、

物語でも読んでいるような、

とても文学的な表現に魅了された。

本当に「面白い!」

「面白い」と書かれていると、

「読んでみよう!」という気にはなる。

(宣伝をしているわけではないけれど…)

でも、やはり本当に「面白い」本でないと、

売れ続けることはないはず…

日本人はとても賢明だから、

宣伝だけでは売れ続けはしない。

「中身が大切!」

『PHP』11月号の記事、

「世界の中のニッポン」によると、

2006年に世界のブログで最も多く使われた

言語は日本語であるという。

インターネット上の言語のうち、

約8割は英語であるのに、

ブログについては日本語が37%とトップ。

つまり、世界で最もブログを書いているのは

「日本人」ということ!

それほどまでに、数多くのブログが

日々更新されている中、

このブログを読んでいただいている

みなさんには、心から感謝します!

「読んでいただいている!」

という気持ちが、日々ブログを

更新する力になっています。

以前にも書きましたが、

「自己との対話」を目的に始めたブログ。

「書くことで見えてくるもの」

今もその気持ちに変わりはありません。

でも、読んでいただく方がいる以上、

自分勝手な表現でなく、

「どうすればうまく伝わるだろう…」と

考えながら更新する気持ちは、

間違いなく強くなりました!

そのためには、もっと言葉を大切にして、

伝えていきたいと思います。

そして、笑顔も伝えられたら… (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

「酒は百薬の長」にあらず?

「時に科学は人の期待を裏切る結果を導く」

そう感じる人が多いのでは?という報告がある。

2008年10月の『Archives of Neurology』に

掲載された、アメリカ・マサチューセッツ

Wellesleyカレッジ Paulらのグループによる研究。

「より多くのお酒を飲む人は、

少ないお酒をたしなむ人に比べて、

脳の体積が縮小する傾向がある」

というもので、お酒を飲む量が増えると、

脳の体積が右肩下がりに下がっていく

という結果をもとに述べている。

この傾向は、男性よりも女性の方が強い。

より多くのお酒を飲むと、

心血管疾患の発病率が低下すると言われるが、

こと脳に至っては、良いとは言えないようだ…

「私は少々だから大丈夫!」

「あなたのは升升で二升でしょ!?」

というまるで落語のネタのような

言い訳が聞こえてきそうな結果。(^-^;

「世には、心得ぬ事の多きなり。」

(世の中には、合点のゆかないことが多い)

で始まる、『徒然草』第百七十五段にこうある。

 「百薬の長とはいへど、

 万の病は酒よりこそ起れ。」

 「酒は百薬の長」とは言うけれど、

 多くの病は、酒が原因である。

吉田兼好らしく、鋭く手厳しい。

とは言うものの、お酒による

精神的効用もこうつづっている。

 「月の夜、雪の朝、花の本にても、

 心長閑に物語して、盃出したる、

 万の興を添ふるわざなり。

 つれづれなる日、

 思ひの外に友の入り来て、

 とり行ひたるも、心慰む。

 (中略)

 冬、狭き所にて、

 火にて物煎りなどして、

 隔てなきどちさし向ひて、

 多く飲みたる、いとをかし。」

 満月の夜や雪の朝、桜の花の下で、

 思う存分語り合いながら、

 盃を差し出したりするのは、

 何かにつけて興味をあたえることである。

 なすこともなく過ごしている日に、

 思いがけなく友が来て、一杯やるのも、

 心が慰められる。

 (中略)

 冬、狭い座敷で

 火で何かを煎りながら、

 心おきない親しい人と差し向かいで

 おおいに飲むのも、とてもおもしろい。

兼好の言うように、

風情を味わい、親愛の情を深めるような

お酒の席はとても楽しい!

本格的な秋、そして冬へと向かい、

ますますお酒がおいしくなる季節。

適量(本当の少々!)のお酒を、

楽しく酌み交わし、

脳にも体にも良いお酒の効用を

味わいたいものですね! (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

素直にいこう!

「落語を面白くしようとするには、

面白くしようとしないことだ。」

昨日(10月14日)放送の番組は、

『プロフェッショナル 仕事の流儀』始まって以来、

100人目のプロフェッショナルである

落語家 柳家小三治さんの登場。

落語好きな方なら、まさしく画面に向かって、

「待ってました!」とかけ声を掛けるに違いない。

冒頭の言葉は、柳家小三治さんの師匠である

柳家小さんさんに、「お前の噺は面白くない」と

言われて悩む日々の中で出会った言葉。

古今亭志ん生さんが話した言葉であるという。

「深い!!」

昨日の『プロフェッショナル 仕事の流儀』を

今朝早く録画で観て、ガツン!と心に響いた…

自分の心の中で気にかかっていたことが、

その言葉を聞いてすこし楽になった。

「自分っていったい何だろう…」

決して否定的な意味でなく、

肯定的な意味で考える。

昨日は、朝早く先日投稿した論文の

審査結果が届き、すぐさまレスポンス。

そういう研究者らしいこと?をしながら、

午後からは講義をして、教育者になる。

そして、臨床に従事して、今週末には、

市民向けパネルディスカッションの

パネラーになる。

だから、「自分っていったい何だろう…」

その中で、人を相手に話す時、

「面白くしたい!」とつい思ってしまう。

特に、今週末は「面白く!」と

ついつい考えてしまっていた…。

「こういう風に話せば、わかりやすく、

面白くなるだろう…」と考えるまでは良かったが、

「面白く!」にこだわりすぎていたきらいがあった。

そんな中、冒頭の言葉に出会う。

そうか!面白くしようとしないことだ!

「面白く、わかりやすく話したい!」

という素直な気持ちでのぞめばイイんだ!

そう思った途端、とても気持ちが楽になった。

市民向けの講演は、数多くないにしても、

それなりに経験がある。

そういう場に慣れるにしたがって、

「より上手に話そう!」としてしまう。

そう思う自分と、大変失礼ながら、

芸の道を究めようとする

柳家小三治さんとを重ね合わせて観ていた。

「こうしたい!」という強い意思は、

人を強くさせる。

師匠に「面白くない」と言われた

柳家小三治さんも「やりたい!」と

思って入った道だからと、

決してあきらめなかった。

「わかりやすく話したい!」

「面白く話したい!」

という素直な気持ちでいこう!

話していて楽しい自分が話せば、

きっと聴いてくれる人も楽しくなるはず…

番組の中盤、茂木健一郎さんの

「人にはなぜ笑いが必要ですか?」の問いに、

「思わず笑ってしまうんじゃないの?!」

と答える柳家小三治さん。

その答えが、自分の背中を押してくれた。

やっぱり、素直な気持ちでいこう! (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

愚かであれ!

『アホは神の望み』

とてもセンセーショナルな本のタイトル。

これは、著名な遺伝子研究者で

筑波大学名誉教授の村上和雄先生の著書。

昨日、仕事を無事やり終え、

この本を読む。

「笑いと遺伝子」についての研究を

されているだけあって、マジメなことが

平易な文章で面白く書かれている。

その本の最後には、

「愚かであれ」こそ神が授けた知恵

とある。

以前の自分は、「愚か」であるがゆえに、

「賢く」振る舞おうとしていた。

今の自分はというと…?

「愚か」な自分でイイ!と思える。

開き直り?と言われても否定はしない。

むしろ、「愚直」なままでイイ!

ということかな?

先週の土曜日に実際にあった、

バカ(アホ?)なエピソードを1つ。

朝、出発時刻間近の新幹線に乗ろうと、

走って出発時刻よりすこし前に

ホームにたどり着く。

ホームにある自販機に目が止まり、

「すこし喉が渇いた」からと、

自販機でお茶を買い、ぐぐっと飲む。

「これで喉の渇きもとれた!」と思っていると、

自分の横を乗るべき列車が、

すーっと滑るように出発していた…

自販機でお茶を買うことに気を取られ、

出発時刻が迫っていることなど、

全く忘れていた… (^-^;

「あっ!!」と思った時は遅かった。

でも、次の瞬間とてもおかしくなって、

「はっ、はっ、はっ!」と笑う。

「すこしすれば次の列車が来る」というのと、

早めに出発している心の余裕も手伝って、

ただただ「愚か」な自分が可笑しくて、

思わず笑ってしまった。

以前なら、「どうしよう?!」と

焦っていたのかもしれない。

それだけ、「心のゆとり」なく

動いていたのかも…

今は、「なんとかなる」と思える気持ちと、

ハプニングが起こっても、

その偶有性を楽しもう!

という気持ちもある。

「利口に」あるいは「賢く」というのは、

一見スマートに見えるかもしれないけれど、

「小賢しい」という言葉があるように、

「上から目線」に映ることがある。

そんな「賢い」姿に、笑いがあるだろうか?

「愚直」な姿は、ある意味微笑ましい。

「愚か」な姿は、もっと可笑しい!

「愚か」な自分を恥じることなく、

「愚直」に生きる。

「バカじゃない?」あるいは、

「アホちゃう?」と思われても平気。

その方が「笑い」がある!

「にこにこ顔で命がけ」

これを実践するには、「笑顔」が必要。

いつも「笑顔の自分」であるには、

「愚かな自分」を認める。

そういう心のゆとりが大切かな? (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

弱くてもイイ!

「予定の半分しかできなかった…」

いや、「予定の半分はできた!」

昨日、たまった仕事を片付ける。

「これと、あれと、それと…」

やることはたくさんあったが、

片付いたのは半分。

よく、休日にたまった仕事を片付ける時、

あるいは、休日に予定を入れる時、

「これも、あれも、それも…」と考える。

そして、その休日が終わる頃、

できなかった自分を責めたり、

自分の弱さに嘆いたりする。

以前の自分がまさにそう!

「半分しかできなかった…」と

自己嫌悪に陥っていた。

今でも、すこしは思うけど… (^-^;

でも、「半分はできた!」というのも事実。

今は、そちらの方をほめてあげようと思う。

そもそも、「これも、あれも、それも…」

と予定を入れて、さらに「すべてこなそう!」

と欲張りすぎたのが原因。

その欲張りな予定ができなかったからと、

自己嫌悪になるのってどうなんだろう…?

そう何でも予定通りいかないもの。

むしろ、一生懸命やっていく中で、

「もっとこうすれば良くなる!」と

思ってやっていると、自ずと時間はかかる。

多少…というよりかなり!不器用な自分が

顔を出して時間のかかることもあるが、

「より良く!」と思って頑張り、

成し遂げた自分をほめてあげよう!

予定通りいかなかったのなら、

次からは、予定を見直せばイイ!

「これも、あれも、それも…」

と思う前に、「これ!」という

1つを考える。「これ!」ができれば、

「あれ!」を思い出し、やってみる!

先日の茂木健一郎さんの話の中にも、

「今日はできなかったと

嫌悪感を持つのをやめよう!」

という話が出てきた。

まさにそう!!

仕事や予定を細切れにして、

1つ1つできたことによろこびを感じ、

「強化学習」のサイクルを回す。

そして、小さな「成功体験」を重ねる。

それでも、「弱い自分」を自覚する。

以前はさらに、そんな自分に対して

嫌悪感を抱くことが多かった。

でも、数ヶ月前にとても辛いことを

経験してからは、明らかに変わった。

たいていのことはそれに比べると、

大したことではない!と思える。

そして、「弱い自分」ではあるが、

その自分と一生付き合うのは、

他ならぬ「自分」しかいない。

だったら、すこしは良いところを

見つけてほめてあげることも大切!

『PHP』11月号に掲載された、

医師 鎌田實さんのエッセイ

「へこたれない」にこうある。

 強い心の向こう側に弱い心が

 見え隠れしている。

 弱さは恥ずかしくないのだ。

 でも大事なことがある。

 後悔しないこと。

 決めたら前へ向かって

 歩き続けること。

 時にはなるようにしかならないと、

 運にまかせてもいい。

自分の机の前には、

カトリックの司祭 晴佐久 昌英さんの

日めくりカレンダーがある。

大切な人が「弱い自分」に

贈ってくれたもの。

その中にある自分の好きな言葉。

 8日

 無力は力

 君は弱いときこそ強い

 21日

 なにもできないけど

 ずっとそばにいるよ

弱くてもイイ!

強く生きていけば良いのだから。

強く生きていくのに大切なこと。

それは、「あきらめない」ことと、

「素直に受けとめる」こと。

『PHP』11月号の裏表紙にこうある。

 互いに素直に注意や助言をし、

 相手からの指摘や忠告は

 素直に受けとめあう。

 そうした姿がお互いの成長、

 向上につながり、

 より好ましい姿を

 生み出すのである。

さぁ!今日は昨日の残り半分を仕上げるぞ!

自己嫌悪に陥っている

ヒマはないよね! (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

相手の立場で考えることの難しさ

「手術を受けることはとても大変なこと!」

「患者の立場になって初めてわかった!」

昨日、恩師のK先生が話された言葉。

昨日の午後、K先生のお見舞いに行った。

以前から予定されていた手術で、

頚部の脊髄に発生した良性の腫瘍を

摘出する手術を火曜日に受けられた。

手術結果は非常に良好で、

心配された後遺症もなく、

腫瘍によると考えられた痛みも

術後は全く無くなったとのこと。

何よりである。

病室にお伺いしてすぐ、先生の首が

器具(カラー)で固定された姿を見て、

「とても辛そうですね」と言うと、

「このカラーをつけているのはむしろ楽。

それよりも、術後寝返りをうてなかったことが

とても辛かった。」と話された。

そして冒頭の言葉。

「医者の立場で考える患者の辛さと、

患者の立場で感じる辛さは違う!」

たしかに、相手が感じるのと同じ

辛さや苦しさは、相手の立場になって

初めてわかることがある。

ただ、その人の痛みや辛さ、苦しさと

全く同じ!かと言うと、それは違う。

その人の痛みは、その人にしかわからない。

わかろう!としても、「身体性」の問題

でもって、究極のところはわからない。

じゃあ、わからないからと言って、

相手の立場になって考えることは無駄?

そんなことはない!!

同じ痛みや辛さはたとえわからなくても、

「痛いだろう」、「つらいだろう」と

感じることはできるはず!!

仮に、自分が同じ立場になった時、

「とても辛い!」と感じる痛みを、

相手に味わってほしいと思うだろうか?

そんな辛さは自分だけで十分!

同じ辛さは味わってほしくない!!

逆に、相手の辛さを想う人に向かって、

「どうせ同じ辛さはわからないくせに!」

と言うほど、相手を傷つける言葉はない。

わかろうと思ってもわからないのだから…

ある時、自分の大切な人に、

「同じ立場で感じようと思うから」と話すと、

「同じ辛さは味わってほしくない。

わかろうとしてくれただけでうれしい…」

と話してくれたことを思い出す。

問題は、「わかったつもり」でいること。

「わかる、わかる」と安易に思わないこと。

相手の話をよく聞いて、その話を受け入れる。

ただただ受け入れる。

大切なのは、「わかろうとする」こと。

あらためて、そう感じた昨日。

「もって他山の石となす」

何一つ無駄なことはない!

すべては自分を成長させるものであり、

自分を磨くための石となる。

K先生は良好に経過すると、

来週末には退院の予定。

「手術して良かった!」

と笑顔で話されていた姿を

見て一安心。 (^-^)

手術の成功を心からよろこぶとともに、

順調な回復を心から祈る。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

居心地の良い場所

「Niche(ニッチまたはニッシェ)」

という言葉がふいに頭に浮かんだ。

組織の細胞の源となる幹細胞が、

細胞分裂するのに最適な環境をいう。

「居心地の良いねぐら」のようなもの。

その環境によって、幹細胞の能力を

維持することができる。

「じゃあ、自分のNicheはどこ?」

そんなことがふと頭に浮かんできた。

あちらこちらに移動することが

多かった1週間。すこし疲れてるのかな?

すこし疲れた時は、海を想う。

海の上にぷかぷかと浮かぶのは

とても気持ちが良い。

水に身をまかせるような感覚。

ある人が「お風呂の中で眠ってしまう」

と話していたのがわかる気がする。

具体的な「場所」も大切だけど、

心の中での「居心地の良い場所」

時にはその場所で、自分自身を

確かめてみることも大切かな?

より最適な環境を求めることも

あるけれど、それは意外に

とても近くにあって、

実は気づいていないのかも…

さぁ!今日も患者さんが待っている。

仕事をしていることも、自分にとって

「居心地の良い場所」の1つかもしれない。

そして、帰ってきてすこし疲れていたら、

お風呂ですこし眠ってみようかな? (^-^)

あなたにとっての

「居心地の良い場所」はどこですか?

ぜひ、その「居心地の良い場所」で、

よい週末とよい連休を

お過ごし下さいね! (^-^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

7つの海を越えて

昨日、ある製薬会社の研究所を訪れた。

実験の技術提供を受けるために。

大学の研究室だけでなく、

製薬会社の研究所とも交流があり、

数社の研究所とは共同研究を行なっている。

製薬会社の研究員の方とお話ししていると、

一応に、とても誠実な方が多いと感じる。

企業人としては、利益の追求が目的となるが、

1人の研究者としては、自らの研究で

人々に役立つ薬を生み出したい!

と思いながら、日々やるべきことを

淡々とやり続けておられる誠実さ。

大学人は、「やりたい!」と思う

研究テーマを選ぶことができるが、

製薬会社の研究員はどちらかと言えば、

「やらなければいけない!」テーマが中心。

それでも、小さな1粒から、

大きな社会貢献を目指す気持ちはとても強い!

実験の技術提供に関する話や、

実際の実験の様子を見学する時間が終わり、

研究員の方とお話しする。

その中で、「日本人のノーベル賞受賞」

が話題になった。

研究者であれば、やはり憧れるもの。

2002年にノーベル化学賞を受賞した、

島津製作所の田中耕一さんのように、

企業人として研究を続け、ノーベル賞を

受賞することもあり、夢は広がると。

「今、ここ」から世界に向けて発信し、

世界がそれを受け入れてくれる。

自らの研究に誇りと自信を持って、

日々努力していれば、いつかはかなう!

研究者としての誇りや夢を語り合い、

とても有意義な時間だった。

研究所からの帰り、

学会の演題応募の締め切りまで

1ヵ月あるが、「まだ1ヵ月ある」なんて

思うのではなく、早速まとめあげよう!

そう心に誓った。

まずは、来春のスウェーデンと

アメリカへに向けて。

さらに、7つの海を超えて、

世界の人々に貢献する情報を

発信できるように… (^-^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ほめてあげましょう!

「ノーベル賞受賞者が計4人!」

ノーベル物理学賞に選ばれた、

南部 陽一郎氏、小林 誠氏、益川 敏英氏の

3名に続き、下村 脩氏がノーベル化学賞に!

研究者の1人として、そして日本人として、

とてもうれしいニュースが飛び込んできた。

しかも、受賞対象の研究は、

緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見。

医学研究に携わる者の1人として、

とても身近な「GFP蛍光マーカー」が

受賞につながったことをとてもうれしく思う。

「日本人は創造性がない」

と揶揄される言葉をよく耳にするが、

もっと自信を持ってよいのではないだろうか?

日本人にも当然!創造性に満ちた人はいるし、

今回のノーベル化学賞の下村 脩氏のように、

「GFP蛍光マーカー」の発見に、

15年以上もの歳月を費やした根気強さは

日本人の誇りとするところである。

 日本の可能性を見きわめること。

 そして、それを「贈り物」として

 世界に差し出すこと。

 その勇気さえあれば、

 日本の未来は限りなく明るい。

 (『ひらめきの導火線』 茂木健一郎)

今後も日本人がノーベル賞受賞につながるような、

日本における科学技術のさらなる発展のためには、

「国民全体が科学に対する興味を持つこと」

と言われるが、同時に、

「ほめること」がとても重要になると思う。

それは、科学技術の発展だけでなく、

社会全体を明るくするためにも…

「ノーベル賞」には到底及ばないにしても、

ある学会で賞を受けた時は、

素直にとてもうれしかった。

自分の研究が認められ、評価されたことが。

ただ、自分が賞をもらうなんて、

思いもよらなかったから、

学会最終日の授賞式の時には、

学会場からすでに離れていた。

とても大切な予定があったから…

移動中、携帯に受賞を伝える連絡が入った時、

本当にうれしかったことを覚えている。

さらにうれしかったことは、

受賞を一番に伝えたかった人に伝えて、

その人がとてもよろこんでくれたこと。

そして、ほめてくれたこと。

「うれしい!!!」(≧∇≦)

こうした受賞だけでなく、

身近な出来事でも、グッドタイミングで

ほめられると、とてもうれしく感じられる。

ほめられて、すこし照れくさくなるかも

しれないけれど、うれしくない人はいない!

早速、茂木さんの言う

「ほめのアスリート」になって、

まわりの人を「ほめてあげましょう!」

さりげなく、「よく頑張ったで賞」を

大切な人に贈ってみては!

そうすれば、「あなたこそ自分の大切な人で賞」

がきっと贈られるはず… (^-^)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

つなぐ人

「話を受け入れる人がいると、

その間だけでもちょっと

解放されるみたいですよ。」

新幹線で移動中、車内誌

WEDGE 10月号を見ていたら、

思わず目が止まる記事があった。

「森のイスキア」を主宰する佐藤初女さんの記事。

佐藤初女(さとうはつめ)さんの存在は、

今年の5月、介護情報誌『かいごのみかた』

創刊号で知った。

佐藤初女さんは、青森県で「森のイスキア」

という宿泊施設を主宰する。

ここでは、訪れた悩み苦しむ人の話に、

佐藤さんが耳を傾け、そして

佐藤さんの作った手料理を一緒に食べる。

「説得」するのではなく、

ただただ「話を受ける」。

「悩んでいる人も、

どうすればいいかの答えは

自分で持っているんだと思いますよ。

話を聞いてもらえたら、

その人が自身で気づいて、

あとは動けるようになります。」

と話す佐藤初女さん。

そして、心を込めて作った

手料理を一緒に食べる。

人は誰しも「つながっていたい」と

感じている。孤独にさいなまれた時、

「つながり」までも無くなったように

さえ感じることがある。

でも、佐藤さんは「受け入れる」ことで、

「つながっている」ことを示す。

それこそ、人が生きる原点のように思う。

佐藤初女さんを紹介する記事の文末は

次のようなに締めくくられていた。

 誰しも、誰かに愛されたのに、

 愛することを忘れてしまっている。

 自分中心で、そんなことは

 面倒くさくなってしまっている。

 でも、つながっている誰かがいたから、

 自分自身もあるはずだ。

 自分にはつながっている人がいる、

 そう気づかせてあげることが

 愛なのかもしれない。

ここにあらためて、

「自分の成すべきこと」を優しく

ささやいてくれたような気がした。(^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

笑顔と一期一会

昨日の朝、ブログを更新した直後、

伯母の訃報を伝える電話が鳴った。

突然の知らせに絶句した。

伯母は父方の兄弟の長女で、

父をはじめ兄弟姉妹の面倒をよくみていた。

その子供達にもありったけの愛情を注いでくれた。

いつも笑顔でみんなを見守っている存在だった。

その伯母が数年前より呼吸器疾患を患い、

在宅酸素療法をしながら自宅療養していた。

この夏、ごく軽い熱中症になってしまい、

自宅で点滴を受け、横になっている時間が

長くなってしまったせいか、

歩きづらくなってしまったという。

お願い事をすることに人一倍気を遣う伯母が、

「自分に診てもらいたいから是非来てほしい」

と言っているとの連絡を夏の終わりに受けた。

あの伯母をしてそこまで言うのだからと、

時間をやり繰りして伯母のもとを訪れた。

確かに下腿の浮腫もあり、

歩きづらくはなっているが、

歩く筋力は十分あり、血液データもOK。

「倒れて家族に迷惑をかけたくない」という

気持ちが段々歩くのを億劫にさせたようだ。

浮腫んだ足に手を当ててさすること

より他にすることがなかった。

「大丈夫、大丈夫」と声かけすると、

「ありがとう、ありがとう」と笑顔で応える。

今にして思えば、

自分にこの世での別れを告げるため、

忙しいことを承知で呼び寄せたのでは…?

その後も特に体調の変化なく過ごしていたが、

昨日未明、呼吸不全でこの世を去った。

一昨日の夜寝る前、伯母の息子に、

「今まで本当にありがとう」と

とても穏やかな笑顔で伝えた言葉が

最期の言葉であった。

本当に伯母らしい最期である。

昨日の夕方、外来が終わってすぐ

タクシーに飛び乗って駅まで急ぐ。

自分が着いた頃には通夜が終わる時間。

伯母のとても穏やかな顔を見て、

涙がこぼれる。

生前、笑顔を絶やさなかった伯母は、

目を閉じても微笑んでいるようだった。

こちらも伯母に微笑みをかえす。

それが伯母への供養となるに違いない。

伯母との別れを告げてから、

最終で帰路についた。

笑顔と一期一会の大切さを、

身をもって教えてくれた伯母。

心から冥福を祈るとともに、

心から感謝の言葉を贈る。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

芸術と学問と

昨日は2つの「ライブ」を味わった。

1つは「ピカソ」、もう1つは「iPS細胞」。

まずは、「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」

と題してピカソの絵画を展示する国立新美術館へ。

午前10時過ぎ、開館すぐの美術館は、

自分の予想に反して比較的空いていた。

「絵が上手!」とはお世辞にも言えない

自分でも、絵画を鑑賞するのは好き。

その昔、パリとバルセロナのピカソ美術館に

足を運んで鑑賞したことを思い出す。

年代順に並んだピカソの作品を見て、

その移り変わりがよくわかる。

「巨匠ピカソ展」を紹介するポスターにある

「ドラ・マールの肖像」を駅などで見かけると、

ピカソらしい絵画?という感じがするが、

順番に鑑賞しながら、「ドラ・マールの肖像」に

たどり着くと、ドラ・マールは

とても美しい女性であったに違いない!

と感じるようになっていくのが面白い。

とても印象的だったのは、

人物だけでなく、動物もキュービスムで

描かれている中で、「室内のふくろう」に

描かれたふくろうは平面的だったこと。

国立新美術館でピカソを鑑賞し終わって、

東京ミッドタウンで軽く食事をしてから

次に移動。

次は、「iPS細胞」を中心とする

再生医療のシンポジウムに参加。

山中伸弥教授は体調不良のため、

急遽、高橋和利先生が代理で講演。

昨年の11月、「ヒトiPS細胞」の

樹立に成功した記者会見の際、

山中教授が「研究員を誇りに思う」と

話されていた研究員の1人であり、

その論文の筆頭著者でもある。

その他にも、iPS細胞に関わる

最先端の研究者らによるシンポジウム。

内容はほぼ掴んでいても、

昨日初めて明らかにされることも

提示され、急速なスピードで研究が

進んでいることをあらためて感じる。

山中教授が伝えたかったメッセージ。

「ヒトiPS細胞の樹立は、

決して自分達だけの成果ではない。

これまでのES細胞の研究や、

ゲノム研究があったからこそ。」

まさに、「巨人の肩の上に立つ」

山中教授がよく使う「オールジャパン」

それは決して、再生医療に関わる研究者

だけではない。再生医療研究を支える

政府は言うまでもなく、

難病に苦しむ患者会や、

健康な国民もそのメンバー。

「ヒトiPS細胞」が実際に人の再生医療に

応用されるまでは10年以上の歳月がかかる。

そこにたどり着くまでにも多くの研究が必要。

多くの人の支えがその研究を後押しする。

自分も「オールジャパン」の

メンバーの1人として、

自分の使命を果たしていきたい!

昨日の2つの「ライブ」は、

自分の「命の炎」をさらに強く明るく燃やす

エネルギーを与えてくれた。(^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

天高く舌肥ゆる秋?

「いびきを抑える努力は惜しまず」

(日本経済新聞 「日経PLUS1」 2008年10月4日)

「いびき」に悩む人は多い。という

書き出しで始まる記事には、「いびき」を

抑えるために試みた実験が書いてある。

① 寝返りを制限

② 枕を高くする

③ 鼻にテープを

④ 口にテープを

⑤ いびき軽減枕

この5つの方法を二晩ずつ試し、

枕元においたICレコーダーで録音して比較。

結果は、いずれの方法も1割から7割程度

「いびき」音量の軽減が得られたとのコト。

自分の「いびき」でうるさい!と感じる人は

いないはずだから、この努力はまわりに

迷惑をかけないための方策。

でも、これはいわゆる「対症療法」。

「いびき」による病気のサインを見逃してはダメダメ!

「睡眠時無呼吸症候群」

睡眠中に呼吸が停止する障害で、

山陽新幹線の運転手による

居眠り運転で有名になったが、

重度の場合、心疾患とも関係し、

死亡リスクが高まることが明らかになっている。

ちなみに、最新の研究では、

重度の睡眠時無呼吸がある40歳の死亡率は、

57歳の正常な人と同程度の死亡率になる試算を

オーストラリア Woolcock医学研究所の

Marshallらが2008年8月の『Sleep』に報告している。

では、睡眠時無呼吸の原因は?

睡眠中に筋が弛緩して、舌根部や軟口蓋が

下がり気道が狭くなることが主な原因。

中でも肥満との関係性が指摘されている。

それで、「天高く舌肥ゆる秋」

体重が増加すると、舌の厚みも増える。

「おいしいものを食べると舌が肥える」

と言うが、本当に「舌が肥える!」

舌が肥えて、気道が狭くなると、

睡眠時無呼吸につながりやすくなる。

「天高く馬肥ゆる秋」

これは本来、中国の漢民族において、

秋の時期に外敵の侵攻を警戒する言葉。

この警戒の言葉のごとく、

「天高く舌肥ゆる秋」には

くれぐれもご注意を!

「食欲の秋」と同時に「スポーツの秋」。

携帯のCMのように、さわやかな秋風の中、

軽快に走ってカロリー消費に

努めてみませんか? (^-^) 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

いざ!鎌倉?

「いざ!鎌倉」

秋晴れの昨日、鎌倉に出かけた。

主な目的は、銭洗弁財天へのお礼参り。

数年前にお参りした際に、

お金を洗ったおかげか?

今年の4月科研費が取れたご利益のお礼。

「科研費も神頼み?」そう感じたのは、

その昔、『蛋白質・核酸・酵素』という

バイオサイエンスばりばりの科学雑誌に、

「科研費を取る秘訣」というコラムで、

「銭洗弁財天へのお礼参りに行くと良い」

と冗談なのか?本気なのか?わからないくらい

まことしやかに書いてあった。

当然!「どのように申請書を書くか?」

というのが主な内容で、おそらく、

「人事を尽くして天命を待つ」

ということを伝えたかったのだと思う。

それくらい、国内の研究者なら誰しも大変なこと。

「ひらめきは世界を明るくする!」

さて、お礼参り。

鎌倉駅から歩くとすこし汗ばむ

陽気の中、歩くこと約15分

坂を上って、銭洗弁財天に到着。

Dsc00784_2

ご利益のお礼参りをして、

「今後も科研費が取れますように」

とお金を洗う。

自分のことだけでなく、

ある人への願掛けも込めて…

その人は、「自分のことをお願いするよりも、

他の人のことをお願いする方がかないやすい」

「願いがかなったらお礼参りを!」と話す。

今回、科研費が取れたのもそのおかげ!

自分のために祈ってくれる人がいる。

自分もその人のために心から祈る。

祈った後のおみくじは「大吉」だった。

Dsc00783_5

主な目的を達した後は、

秋の陽気に誘われて、鎌倉散策。

鶴岡八幡宮へ足を伸ばす。

流鏑馬神事を前日に控えて、

境内はその準備が整えられていた。

鎌倉に吹く秋風はとてもさわやかで、

有意義な「秋休み!」を過ごすことができた。

オンとオフのメリハリをつけ、

「今日からもますます頑張れる!」

と感じる朝 (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

過去は変えられる?!

「過去は変えられる!」

茂木健一郎さんの話を

ライブで聴く機会を得た昨日。

その話の中に出てきた言葉の1つ。

過去の事実は変えられない。

でも、個人の過去の記憶に対する

見方は変えられるということ。

機会あるごとに、過去の記憶へアクセスし、

過去の自分と対話する。

すると、過去の記憶の感じ方が変わり、

過去の記憶が「成長」する。

つまりそれは、現在の自分が成長した証であり、

自分が変わった証でもある。

人は「逆境」におちいった時、

その瞬間はとても辛い。

でも、「逆境こそチャンス!」

「逆境」を乗り越えよう!

と考えるだけで、人は変わる!

「逆境」を乗り越えた時、

人はさらに大きく変わる!

まさに、「逆境の中に種がある」

「ひらめきの種」は「逆境」にもあった。

そして、「ひらめきの種」を育てるには、

「笑顔」が大切!

「笑顔」によって、さらに新たな

「ひらめき」を生む。

また、「笑顔」になることで、

プレッシャーを克服し、

「逆境」を乗り越えることもできる!

いろいろな話の中に「ひらめきの種」があった。

時おり見せる茂木さんの素敵な笑顔は、

こちらに元気を与えてくれる。

やはり、人に直接会い、

自分の目と耳で直接感じることも大切。

そして、話を聴きながら感じる「何か」。

これからも「フィールド内のパス回し」を

やり続けることができる!という

自信のようなものが… (^-^)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「夏休み」という名の「秋休み」

「今日は夏休み?それとも秋休み?」

朝起きて、ふと頭に浮かんだ疑問。

というのも、今日は待望の?!「お休み」。

いわゆる「夏期休暇」という意味での

「夏休み」で、9月の最終週までが有効期間。

7月下旬から9月末までのどこかで、

5日間休みを取るというのが暗黙のルール。

土日を活用して、最大9日間のバカンス?を

楽しむように設定されているものの、

最近の夏休みの分散化?は、個人の夏休みまでも、

個人的に分散化する傾向が強まり、

小刻みに休みを取る人も増えてきた。

かく言う自分もその1人。

7月、8月にそれぞれ1日、2日取った。

残る2日を9月の最終週でもある

今日と明日に取ることで5日間の夏休み終了!

ウイークデイに「お休み」を取るのは、

とても贅沢な気分です。

せめて気分だけでも贅沢にしなきゃ損!

じゃあ、なぜこの時期に「夏休み?」

と聞かれても、答えは「休みを消化するため…」

というのが最大の理由であるが、

新聞に、「一休足して秋休み!」

というフレーズが、「一休さん」の顔とともに

大きく書かれていた広告を見て、

「秋休み!」もいいなぁと思ったから。

 

「一休足して秋休み!」

これは、秋の祝日、振替休日と土日に加えて、

有給休暇などの休日を1日足して、

3連休や4連休にしませんか?と言うもの。

たしかに、そういう風に「秋休み!」

を作るのもいいかも知れませんね!

せっかくの「秋休み!」

短いながらも有効に使いたい!

 遊びによって感情が活性化されるのは、それが、

 「予想できること」と「予想できないこと」の

 ちょうど中間にあるからである。

 (『すべては脳からはじまる』 茂木健一郎)

ふむふむ。

 ひらめきが生まれやすい環境とは、

 脳がリラックスできる状態のことなのです。

 (『ひらめき脳』 茂木健一郎)

そうそう。

フィールド内でのシュートを2本放ち、

得点に結びつくかどうかを待つ間、

次のシュートを放つためにも、

「遊び」と「リラックス」で

「ひらめく環境づくり」をしよう!

この「秋休み!」がその一助になれば何より。

ところで、「秋休み!」を有効に使おうと?

いつもの時間に目が覚める自分の脳は

なんと「ゲンキン」なものか!と思う朝 (^-^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

丸く研く

「自分を丸く研いていく」

誕生日を迎えた大切な人が伝えた言葉。

生まれた日は0歳で、

誕生日ごとに歳を重ねていく。

社会での1年の始まりは1月1日でも、

人の何歳という1年は誕生日に始まる。

だから、元旦は社会的な1年の計を思い、

誕生日は自分という人の1年の計を思う日。

「丸く研く」

これがこの1年の計であり、

これからの人生の計を表す言葉。

「丸く研く」とは?

外から見ると、角がなく穏やかなイメージ。

しかし内部では、エネルギーで満ちている。

そのエネルギーを維持するには、

球体が一番安定する。

つまり、「丸い」とは「強い」こと。

限りある人生、覚悟を決めて、

「信念」という内なるエネルギーで満たし、

自分の人生をしっかりと生きる。

そのためにも、「丸く研く」。

「丸く研く」ためには?

大切なのは「笑顔」と「素直な心」!

「笑顔」は自分もまわりの人も幸せにする。

「笑顔」に人も心も集まってくる。

そして、人は人に研かれていく。

「素直な心」は自分に「気づき」が生まれ、

自分で自分を研くきっかけも生まれる。

誕生日から始まるその人の1年が、

「素晴らしい1年でありますように」

笑顔と素直な心で祈る。 (^-^)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »