いぢわるだなぁ
「これが、人間の決断
というものである。」
昨日(2月27日)、
茂木健一郎さんの
ブログ『クオリア日記』
の記事 「人間の決断」
を見て、大いに笑い、
大いに共感した。
『プロフェッショナル
仕事の流儀』の
プロデューサーA氏
が茂木さんに
「油ものは食べない!」
と宣言する。
すると茂木さんは、
こう思った。
唐揚げを食べない
という決断をした
プロデューサーA氏の
「健康を気遣う
その姿勢は、
見習わなければ
なるまい」と。
茂木さんはさらに、
その日の収録の
ゲストだった
ホームレス支援に
携わっておられる
牧師 奥田知志さんの
言葉を思い出す。
「決断するということは、
そうでない選択をする
ということも可能性と
含まなければならない。
機械的に必ずそうする
ということは、
人間の本性にそぐわない。
自分がいったん決めたことと
違うことをするということが
なければ、決断ではない」
自分もこの言葉に触れて、
大いに共感する。
以前、このブログで
こんなコトを書いた。
「決断にかける」
決断とは、
いろいろとある
選択枝の中から
ひとつを選び取る
だけではない。
決めたら、
選ばなかった他のものは、
すべて捨て去る。
断ち切ること。
(芳村思風)
厳しい言葉ではあるが、
正しい。
反論の余地なし!
という感じ。
だって、
「決断=決める+断つ」
のだから…
ただ、
考えに考え、
迷いに迷って、
辛い「決断」を
した人に向かって、
自分は
「決断にかけろ!」、
「断ち切れ!」
とは言えない…
正しくとも、
厳しすぎると思うから。
あらためて想う。
「決断」とは、
「断ち切ること」
その言葉は正しい!
でも、人間は弱い。
そう簡単に
断ち切れる
ものではない!
機械的に、
スイッチを
切るようには…
むしろ
「断ち切ろう!」
として、
もがき苦しむ
ことこそ、
人間として
生きるうえで
大切なことであり、
時には
決断したことと
違うことを
してしまう方が
より人間味がある。
逆説的に言えば、
人がなかなか
断ち切れない
からこそ、
「断ち切ること」
という言葉が
持ち出されるのでは
ないだろうか?
だからこそ、
「哲学」
なのである。
天は時に
人を試す。
素敵な「いぢわる」
を添えて。
「いじわる(意地悪)」
ではなく、
「いぢわる」
悪意のない
「お試し」
のようなもの。
さて、件の
プロデューサーA氏。
打ち上げに
遅れて参加する
A氏のために?
茂木さんが
唐揚げを注文。
そして茂木さんが
A氏の前に
鶏の唐揚げを置くと、
「何ごともなかったかのように
鶏の唐揚げを口に運んだ。
とてもおいしそうに食べた。
数分後、鶏の唐揚げは
一つもなくなっていた。」
とのこと。
「『自分がいったん
決めたことと
違うことをする
ということが
なければ、
決断ではない』
と奥田さんは言った。
唐揚げを食べない
と決めても、
やっぱり食べてしまう。
これが、人間の決断
というものである。」
いぢわるだなぁ〜
茂木さんは。
( ^ω^ )
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