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2009年2月

いぢわるだなぁ

「これが、人間の決断

 というものである。」

昨日(2月27日)、

茂木健一郎さんの

ブログ『クオリア日記』

の記事 「人間の決断」

を見て、大いに笑い、

大いに共感した。

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』の

プロデューサーA氏

が茂木さんに

「油ものは食べない!」

と宣言する。

すると茂木さんは、

こう思った。

唐揚げを食べない

という決断をした

プロデューサーA氏の

「健康を気遣う

 その姿勢は、

 見習わなければ

 なるまい」と。

茂木さんはさらに、

その日の収録の

ゲストだった

ホームレス支援に

携わっておられる

牧師 奥田知志さんの

言葉を思い出す。

「決断するということは、

 そうでない選択をする

 ということも可能性と

 含まなければならない。

 機械的に必ずそうする

 ということは、

 人間の本性にそぐわない。

 自分がいったん決めたことと

 違うことをするということが

 なければ、決断ではない」

自分もこの言葉に触れて、

大いに共感する。

以前、このブログで

こんなコトを書いた。

「決断にかける」

 決断とは、

 いろいろとある

 選択枝の中から

 ひとつを選び取る

 だけではない。

 決めたら、

 選ばなかった他のものは、

 すべて捨て去る。

 断ち切ること。

 (芳村思風)

厳しい言葉ではあるが、

正しい。

反論の余地なし!

という感じ。

だって、

「決断=決める+断つ」

のだから…

ただ、

考えに考え、

迷いに迷って、

辛い「決断」を

した人に向かって、

自分は

「決断にかけろ!」、

「断ち切れ!」

とは言えない…

正しくとも、

厳しすぎると思うから。

(「決断を信じる!」)

あらためて想う。

「決断」とは、

「断ち切ること」

その言葉は正しい!

でも、人間は弱い。

そう簡単に

断ち切れる

ものではない!

機械的に、

スイッチを

切るようには…

むしろ

「断ち切ろう!」

として、

もがき苦しむ

ことこそ、

人間として

生きるうえで

大切なことであり、

時には

決断したことと

違うことを

してしまう方が

より人間味がある。

逆説的に言えば、

人がなかなか

断ち切れない

からこそ、

「断ち切ること」

という言葉が

持ち出されるのでは

ないだろうか?

だからこそ、

「哲学」

なのである。

天は時に

人を試す。

素敵な「いぢわる」

を添えて。

「いじわる(意地悪)」

ではなく、

「いぢわる」

悪意のない

「お試し」

のようなもの。

さて、件の

プロデューサーA氏。

打ち上げに

遅れて参加する

A氏のために?

茂木さんが

唐揚げを注文。

そして茂木さんが

A氏の前に

鶏の唐揚げを置くと、

「何ごともなかったかのように

 鶏の唐揚げを口に運んだ。

 とてもおいしそうに食べた。

 数分後、鶏の唐揚げは

 一つもなくなっていた。」

とのこと。

「『自分がいったん

 決めたことと

 違うことをする

 ということが

 なければ、

 決断ではない』

 と奥田さんは言った。

 唐揚げを食べない

 と決めても、

 やっぱり食べてしまう。

 これが、人間の決断

 というものである。」

いぢわるだなぁ〜

茂木さんは。

( ^ω^ )

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やっぱり来たか…

「ハクシュン!」

(*≧m≦*)

あれ?

あれあれ??

やっぱり来たか…

(ノω・、)

昨日、出張で外出。

曇り空で、

気温も低いことから

すこし甘く見ていた

ようです…

冷たい風に乗って、

花粉がかなり

飛散していたとは…

。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

一度感作されて

しまうと、

当分はこのまま。

人一倍、

抗ヒスタミン剤の

催眠作用が

強く働いてしまう

自分としては、

眠前しか服用できず…

(;ω;)

ところで、

花粉症というと、

抗アレルギー剤ですが、

薬の服用だけでは、

花粉症の症状は

改善しづらいのです!

やはり!

眼・鼻・喉を

洗うこと!

これが大切!!

アレルゲンである、

花粉を除去しないと

対症療法も不十分に…

昨日の午後は

洗面所で

ひたすら

手洗い、

眼洗い、

鼻うがい、

口うがい

を励行する

午後でした。

(;´▽`A``

それでも

立派に??

感作されて

しまっているので、

昨日の午後ほど

集中力を欠いた

時はなかったですね…

(;´д`)トホホ…

今日は雨模様で

しかも気温が低く、

花粉の飛散は

少ないですが、

雨が上がって、

気温が上がると

一気に花粉が

飛散します!!

( ̄○ ̄;)!

外出は避けたい

ところですが、

そうもいかず…

今度は花粉の

飛散を甘く見る

ことなく、

適切に対処します。

(^-^;

花粉症のみなさま、

くれぐれも

お大事に!

兎眼のひさより

God bless you!

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やさしさで溢れるように

「ところで、先生の携帯は

 メロディコールなのですね」

所用で携帯に電話を

かけてこられた方から、

用件が終わった後

突然そう言われた。

そう言われて

あらためて、

「そう言えば、そうだった…」

と思い出した。

呼び出し音を、

メロディコールに

していることなんて

すっかり忘れていたから。

自分で自分の携帯に

電話をかけること

なんてないし、

電話をかけて

こられる方からも

メロディコールの

コトを言われることが

なかったから…

昨年の6月、

機種変更の際に、

ドコモの窓口で

メロディコールを含めた

オプションのセットを

勧められ、

「じゃあ、それで…」

と言われるがままに

申し込んだ。

当初は、

初期設定の

オルゴール音だったが、

「どうなんだろう…」

という感じだったので、

すこし前のドコモの

TVCMで流れていた、

青山テルマの

「そばにいるね」

に設定していた。

しばらくして、

7月中旬より

TVCMで、

キマグレンの

「LIFE」

が流れるようになり、

すぐさま気に入って

メロディコールに

設定していた。

それ以降、

メロディコールの

曲設定に関して、

全くと言って

いいほど、

興味を持たなく

なっていたので、

長い間自分の携帯に

電話をかけると、

「LIFE」のメロディが

流れていた。

(ようだ…)(^-^;

そして、昨日

メロディコールの

ことを言われて、

突然思い出したかのように

「曲を変えてみようかな?」

と思い立ち曲を検索してみた。

「何がイイかな?」

と思っていると、

街角のオーロラビジョンで

シングル曲のランキングを

伝える映像の中に、

JUJUの

「やさしさで溢れるように」

という曲が流れていた

ことを思い出す。

「JUJUの曲って

 心癒されるなぁ〜」

と思った途端、

「これにしよっと!」

とすぐさま設定した。

しばらくして、

件の電話をかけて

こられた方から

再度電話がかかる。

電話を取った途端、

「あはははは!」

と笑い声が。

「早速変えたのですね!」

という驚きとともに。

「そろそろ変えないと…」

とその前の電話で

話していた

直後だったから、

余計に可笑しかった

のだろう。(*^-^*)

ところで、この曲の

タイトルにもある

「やさしさ」って

何だろう…?

「やさしさ」というと、

穏やかなイメージ。

さらに、思いやりや

親切という

意味からすると、

「きびしさ」

を内包している

「やさしさ」

もあるはず!

相手の思いに

従順な態度を

示すだけでなく、

相手にとって

必要な場合、

「きびしさ」

を持って、

伝えるべきコトも

「やさしさ」

なのではないだろうか?

これまで、

本当にたくさんの

「やさしさ」

で包まれてきた。

「きびしさ」

が内包された

「やさしさ」

も含めて。

それもこれも、

相手を思いやる

気持ちがあればこそ!

そんな「やさしさ」に

心から感謝している。

いろいろな

「やさしさ」

のカタチはあれども、

あなたを包む心が

「やさしさで溢れるように」

という想いを込めて、

当分の間は、

この曲が

自分の携帯の

メロディコールです!

(o^-^o)

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手間を惜しまず

「人間、死ぬまで勉強」

昨日の夜遅く

帰り着いて、

録画していた

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』を観た。

ゲストは

料理人の

西健一郎さん。

疲れた体を

横にしながら

観ていて、

テーマ曲が流れ、

冒頭のタイトルコールが

出たところぐらいまでは

記憶が残っている。

その後は… (^-^;

知らぬ間に

深い眠りに

ついていた。

朝起きて、

再び始めから観る。

「手間をかける」

「死ぬまで勉強」

この言葉が

番組の至る処で

出てくる。

その言葉を

身を持って、

しかも常に

現してこそ、

一流人をして

一流人たらしめる

所以なのだろう

と強く感じた。

料理に懸ける

西健一郎さんの

思いの原点は、

「自らの料理で

 いかにお客様を

 満足させるか」

なのだと思う。

現状に満足せず、

さらに、さらに、

という心は、

「手間をかけ」

さらに、

「もう一手間」

加えるという

姿勢に現れている。

人の仕事の姿勢は、

その人自身を現す。

人の仕事を見れば、

その人が分かる。

そう言っても

過言ではないと

あらためて思った。

ふと、

昨年の6月の

食事会を思い出した。

自分のお客様を

もてなす処として、

選んだお店は、

自分の患者さんが

営まれている

小さな和食の店。

雑誌で何度も

紹介されている

からではなく、

その人の人となりを

見ていて、

料理を食べる前から、

この人なら

満足のいく料理を

提供してくる!

という確信があった。

事前にご相談したら、

案の定、

もてなしの心を

示して頂いた。

実際、食べてみたら、

これまでに

食べたことのない

絶品の料理。

各界の著名人が

よく訪れる

理由が分かった!

さらに機転を利かせて、

事前のメニューになく、

水槽に泳いでいた

若鮎を天ぷらにして

出して頂いた。

こんな素敵な

サプライズも

添えて頂き、

お招きした

自分のお客様も

ずいぶん満足

していただいた。

「手間を惜しまず」

というひと味が加わって

振り返って、

自分は手間を

惜しんでは

いないだろうか…

現状に満足しては

いないだろうか…

そんな想いが

頭をもたげる。

「手間を惜しまない」

「まだまだ!」

という心の原点について、

あらためて思い巡らせる

きっかけとなった。

「手間を惜しまず」

ひたむきに

向き合ってこそ、

その先には

きっと満足のいく

結果が待っているに

ちがいない!!

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見えるものだけじゃない!

最近、つとに

「感じ方が変わった!」

と実感することが多い。

特に感じるのは、

「見えないもの」

に対する畏敬の念

とも言うべき、

「見えないもの」

の大切さ。

当然!

「見えるもの」

はとても大切!

「見えるもの」

があるからこそ、

「見えないもの」

の存在がわかる

こともある!

その上で、

「見えるものが

 すべてじゃない!」

と声を大にして

言ってしまいそうに

なることがある。

「見えるもの」

を根拠に理論を

構築する科学の

世界に身を置き、

自分の目の前にある

「見えているもの」

で精一杯だった

のかもしれない。

その自分が、

今まさに、

「見えないもの」を

「見える化」

しようとしている。

でも、あらためて想う。

「見えるものが

 すべてじゃない!」

それでも自分は

「見える化」に

一生懸命になっている。

それは、

「見えないもの」

の一端を

「見えるもの」

にしたからと言って、

すべてがわかった

ように振る舞う

ためではなく、

「見えないもの」

の一端を

「見せる」ことで、

ますます

「見えないもの」

を知ろう!

とするためでは

ないだろうか?

そのためには、

「見せる」必要がある!

文章の行間を読む

ためには、

元々の文章が

必要なように…

ただ、

星野道夫さんの

文章に出会って、

「いかに見せるか!」

の大切さも

あらためて感じた。

見たことのない風景が

情景となって

見えるように感じる。

そんな「見せる力」の

大切さも想う。

それは決して

「技」だけではない。

「いかに感じるか!」

ということ。

やはり原点は、

「感性」にあるのだろう。

「いかに見せるか!」

という技術に

こだわるのではなく、

「いかに感じるか!」

を素直に表現できれば、

いつかきっと伝わる!

今はただ、

そう想う。

そして、

こうした「気づき」

を与えてくれた

奇跡とも言うべき

「出逢い」に

心から感謝している。

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逃がすものか!

「これ以上頑張れない」

って平気な顔で言うな

昨日の移動中、

新幹線の車内誌

WEDGE3月号を読む。

すると、冒頭の

タイトルが

目に飛び込んできた。

“プロ車椅子ランナー”

廣道 純さんを紹介する

TOP RUNNERの記事。

「どうせ俺はダメだからと、

 頑張らない自分を

 平気で見せ、

 個性の一つのように

 自慢げに語る人は

 珍しくない。

 そんなのカッコ悪い

 というのが、

 車椅子ランナーの

 廣道 純だ。

 目標に向けて

 自分を追い込む。

 頑張っていることを

 さらけ出す。

 それが味方や

 仲間との出会いを

 もたらし、

 自分も強くなる。

 廣道だって、

 頑張り続けるのは

 しんどいと言う。

 彼が走り続ける

 ことができるのは、

 なぜなのか。」

紹介記事の冒頭文を

読んで、記事に

釘付けになった。

前日の自分の甘さを

反省していた

自分にとっては、

「ガツン!」と

心に響いた。

高校1年生の時、

バイクの無免許運転

で転倒し、

脊髄損傷となった

廣道さんの

「気づき」が

人生のターニング

ポイントとなった。

それは、

「助かったと

 いうことは

 意味があるんやから、

 第二の人生は

 同じことをしたら

 いかんなって」

この「気づき」が

「覚悟」となり、

「第二の人生」

において、

目標を立てては、

そこに向けて

努力を惜しまず、

目標を達成しては

次を目指すという

生き方を貫いている。

記事の末尾の記述が

自分の想いと

シンクロした。

「事故や病気で

 死を意識する

 ことによって、

 のんべんだらり

 とした生を

 ギアチェンジする。

 でもそれは、

 誰にでも訪れる

 契機ではない。

 だからといって、

 どうせ自分は

 この程度と言って

 生きていくのは

 むなしい。

 目を覚ます

 きっかけは

 廣道のような

 人に会うこと

 かもしれない。」

自分の限界まで

頑張ることを

知りつつも、

限界のハードルを

すこし下げてしまった

かもしれないこと

に反省していたら、

「人は限界まで

 耐える事ができる

 精神力を持っている」

ということを

あらためて

教えてくれた人がいる。

昨年の4月の辛さ

に比べたら、

今の辛さは

大したことはない!

あらためてそう想う。

さらに、

同じタイミングで

こうした記事に

触れることができた。

このように、

天は絶妙のタイミングで

「知らせ」を届け、

「気づき」を

与えてくれる。

2月も今週いっぱい。

よく、2月は

「逃げる」と言うが、

今の自分は、

「逃がすものか!」

という気持ちで

あふれている。

3月までの

残りの2月を、

「ただ過ぎゆく時間」

のようにはしない!

そう心に誓って、

今日も頑張るのだ!!

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甘かったな…

昨日の午後、

外来が終わって、

帰路につく。

夕方の予定を

キャンセルして、

体を休めるって

決めたから、

そのように行動する。

でも、人間って

不思議なもので、

一昨日の夜、

あれほど言うことを

聞かなかった身体が、

仕事モードに入ると、

元気が出てくる。

ホントに不思議!

帰り際、

「やっぱり行こうかな?」

なんて迷いも出てきた。

でも、

ここで休まなきゃ、

アトの休みはない…

「やっぱり休もう!」

駅に着いて、

ふとJR東海の

春のポスターに

目が止まり、

強く心を振るわせた。

「見事なサクラで

 あればあるほど、

 長い冬の時間、

 耐えてきたことを

 思うのでした。」

つい先日読んだ、

星野道夫さんの

『長い旅の途上』

の一節と脳の中で

すぐさまリンクした。

「長く、きびしい冬が

 あるというのは

 いいことだ。

 もし冬がなければ、

 春の訪れや、

 太陽の沈まぬ夏、

 そして美しい

 極北の秋に

 これほど

 感謝することは

 できないだろう。

 もし一年中

 花が咲いているなら、

 人々はこれほど

 強い花に対する想いを

 もてないだろう。」

 〜「アラスカの夏」〜

自分が耐えた冬は、

大した冬じゃなかった

のではないだろうか…

マイナス30度、

場合によっては、

マイナス50度にも

達するような、

アラスカの極寒の

ような冬では

なかったはずだ…

自分の甘さを

痛感した。

自分の弱さも

痛いほどわかった。

春はすぐそこ!

だというのに…

ちょっと辛く厳しい

「冬」を経験した

からといって、

逃げてどうする!

まだまだ厳しい

「冬」がある!!

厳しい「冬」を

耐えないと、

世界の深遠さを

ホントに理解

できないよ!

それに、

厳しい「冬」で

あればあるほど、

「春」の有難みが

何倍にも感じられるよ!

どこからか

そういう声が聞こえた

ような気がした。

それでも、

昨日の夜は

休むことを選び、

身体を休めた。

その分、

今日の仕事に

全力を尽くすぞ!!

さぁ、今から走って、

元気をチャージ

してこようかな!

さらに厳しい「冬」に

耐えることが

できるように!!

o(*^▽^*)o

Spring_2009_02_img_001_2

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発想の転換??

昨日の夜、

帰り着いて

緊張の糸が切れたのか?

心は放心状態になり、

身体が動かないほど

重く感じた。

時に、

どっと押し寄せてくる

「心身の疲れ」

昨日はその疲れに

抗うことなく、

横になった途端、

眠りについたようだ。

「ここでムリしたら

 倒れるよ…」

そんな身体の声が

聞こえたような気がした。

それ以前に、

身体が言うことを

聞かなかったけれど…

昨日の午後、

3月のスケジュールに

新たな予定が2件

追加され、

月単位での予定表を

ざぁーっと見る。

「やばい…」

自分のキャパシティ

ギリギリのところかな?

それぞれを中途半端に

したくない!!

そう思うと、

余計に「やばい…」

「サボる?」

ふと聞こえる心の声。

素直に耳を傾ける。

「サボタージュは

 単純に怠けるって

 意味じゃない!

 心身の労働争議さ!

 サボタージュって

 労働者が

 木靴(sabot)を

 履いて仕事の効率を

 下げたり、木靴で

 機械を壊すなどして

 経営者に事態の

 解決をはからせる

 という意味を持つ

 言葉だよ!」

それで?

「だからサボタージュ!

 どうしても

 やらなきゃならない

 こと以外は、

 今はやる余裕が

 ないよね。

 全てのことを

 マジメにやるのは

 とても大切なコト

 だけど、今の身体は

 とてもムリ!!

 って言ってるよ。

 でも、その声の

 通りにやってると、

 やるべきことも

 できないよね!

 身体の労働争議

 だから、春闘じゃ

 ないけど、

 落としどころが

 肝心だよ。」

ふむふむ。

どんな落としどころ?

「それを考えるのは

 自分だろ!!」

えーーーーーーっ?!

教えてくれないの??

「ははは

 じゃあ1つだけ。

 予定表をもう一度

 見てごらんよ!

 “とりあえず”の

 予定も入っていない?」

ん〜予定を入れた時点で、

吟味して入れたから、

“とりあえず”

っていうのはないなぁ…

「でも、優先順位は

 つけられるだろ!

 その優先順位が

 最も低いと思われる

 予定を1つ2つ

 キャンセル

 することさ!

 その予定を、

 心と体を休める

 時間に充てる!

 そうしないと、

 この予定じゃ

 乗り切れないよ。」

でも結局、

「サボる」んだよね…

「そうだよ!

 “ご自愛”って

 言葉があるだろ!

 自分を愛する

 ってことさ!

 ただ…

 「愛」って

 こうしたい!

 こうしてほしい!

 と言うことを

 そのまま受け容れる

 ってことだけじゃ

 ないってことを

 確認しておくね。

 時に何もせず、

 見守ることも愛。

 厳しく言うことも愛。

 すべてを引き受けて

 ずっと寄り添っていこう

 と思うのが愛さ!!

 もうすこし自分の心に

 寄り添ってごらんよ!」

というわけで…

今日の夕方の

学術講演会への

参加は欠席して、

心身ともに

休めるコトにします!

「マジメも休み休み言え!」

(河合隼雄)

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よく眠れてます?それなら!

「睡眠の質が悪いと

 人生に不満!?」

「睡眠の質の低下と

 生活満足度との関係」

に関する論文が、

アメリカの疫学雑誌

American Journal of

Epidemiology

2009年1月号に

掲載されました。

結論から言えば、

睡眠の質が「よい」と

回答した人に比べて、

睡眠の質が「悪い」

と回答した人では、

生活に不満を感じる人が

2.1倍も高かった

という結果でした。

発表したのは、

長年、生活満足度に

関する疫学研究を

続けてきたフィンランドの

研究グループで、

今回のデータは、

性が同じ成人した双子

18,631例の結果です。

この研究が、

多数例の同じ性の

「双子」である

というのが、

実はミソです。

というのも…

遺伝的影響についても

検討可能だからです。

実際、今回のデータでは

遺伝的影響は少ない!

という結果でした。

そして、睡眠時間の

長さというよりも、

睡眠の質の低下が

脳や感情,気分に

直接的な影響を及ぼす

という仮説を支持する

と結論付けています。

これまでの研究で、

睡眠と疾患の罹患率や、

死亡率について、

多くの研究がなされており、

7〜8時間の睡眠が

適当で、短くても、

長くても罹患率に

影響するという

結果が報告されています。

今回の研究結果は、

生活満足度における

「睡眠の質」の重要性を

述べたものであり、

豊かな人生を

謳歌するには、

良質の睡眠が必要!

ということでしょうね。

自分の睡眠時間は

平均5時間強ですが、

横になると

すぐに熟睡(爆睡?)

できるタイプなので、

睡眠には結構

満足してます。

(o^-^o)

自分の場合、

じゃあ!

生活に満足してる

のかというと、

若干別のような

気がしなくも

ないのですが…

(^-^;

でも、良い睡眠が

得られた時は、

脳が活性化している!

という実感はあります。

o(*^▽^*)o

そしてさらに、

朝起きた時、

背伸びしながら、

「あ〜よく寝た」

と言って、

自分の脳に、

「この睡眠は

 良かったよ!」

と暗示をかけています。

(*^m^)

「よく眠れない」

というのは、

とてもツライことですが、

時には、

「あ〜よく寝た」

と脳をだますのも、

良質な睡眠と感じる

1つの方法かも

しれませんね。

(^-^)

えっ?

「脳はそんなに

 あまくない?」

(;・∀・)

そうかなぁ〜?

(*^ω^*)

脳は結構

「甘いモノ好き」

ですよ!

(^_-)V

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知りたい!という共感

「きっと、人はいつも、

 それぞれの光を

 捜し求める

 長い旅の途上なのだ」

星野道夫さんの

著書『長い旅の途上』

の冒頭文。

星野道夫さんは、

アラスカに移り住み、

アラスカの自然を

撮り続けた写真家。

1996年8月、

ヒグマに襲われ

急逝するまで、

アラスカの自然の

素晴らしさを

美しい写真と

文字で伝えた人。

前述の著書

『長い旅の途上』は、

美しい写真が

織り込まれた

エッセイ集。

昨日、書店に

あるのを見つけて

早速購入し、

夜読み耽った。

自然に暮らし、

自然の声を

聞かれるだけに、

とても感性が豊かだ。

素晴らしい自然の声、

素晴らしい自然の姿が

ありありと浮かぶ。

一方で、「時間」

に関する記述に

目が止まった。

 おそらく一番

 懐かしいものは、

 あの頃無意識に

 持っていた時間の

 感覚ではないだろうか。

 過去も未来もない

 ただその一瞬一瞬を

 生きた、もう取り戻す

 ことのできない時間

 への郷愁である。

 過去とか未来とかは、

 私たちが勝手に

 作り上げた幻想で、

 本当はそんな時間

 など存在しない

 のかもしれない。

 そして人間という

 生きものは、

 その幻想から

 悲しいくらい

 離れることが

 できない。

 (中略)

 そして、あらゆる

 生きものたちを

 見ている時、

 どうしようもなく

 魅きつけられるのは、

 今この瞬間を

 生きているという

 その不思議さだ。

 〜「はじめての冬」〜

 私たちは、二つの時間

 を持って生きている。

 カレンダーや時計の

 針に刻まれる

 慌ただしい日常と、

 もう一つは

 漠然とした

 生命の時間である。

 すべてのものに、

 平等に同じ時が

 流れていること…

 その不思議さが、

 私たちにもう一つの

 時間を気付かせ、

 日々の暮らしに

 はるかな視点を

 与えてくれる

 ような気がする。

 〜「オーロラ」〜

「星野道夫さんを

 ご存知ですか?」

そう訊ねられて、

求めたのがこの本。

知りませんでした…

でも、知りたい!

と思いました。

この世界には、

自分の知らないことで

あふれている。

知れば知るほど、

知らないことの

きわめて多いさまに

愕然とする。

でも、ますます

知りたい!と思う。

これこそが、

ソクラテスの言う

「無知の知」

ではないだろうか?

知らないことを

知るということは、

知りたい!と

思うからこそ

知ることができる

のではないだろうか?

感性が豊かになる

ということは、

知りたい!が増え、

行ってみたい!

見てみたい!

触れてみたい!

感じてみたい!

が増えること

なのじゃないかな?

「知りたい!」

という気持ちは、

違う場所で、

違う時間の流れに

生きる自分たちに

与えてくれた

ひとつの共感の

カタチかもしれない。

この本を通して

星野道夫さんが

天国からそっと

ささやいてくれた

ような気がした。

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この想い、伝われ!

「管制塔からの指示を

 待っております」

過密な羽田空港の

離陸時によく

聞こえてくる

機内アナウンス。

昨日の

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』の

ゲストは、その指示を

出す側である

航空管制官

堀井不二夫さんだった。

声にのせて

伝えたい気持ち。

声にのせて

伝わる気持ち。

その気持ちが

伝わった瞬間、

一体感が生まれる。

飛行機に乗せて

いろいろな

想いが伝わる。

夢を叶えたい!

と想い乗る人。

あの人に逢いたい!

と想い乗る人。

そして、

願いを叶え、

ハネムーンに向かう

カップルなど。

多くの人の

想いをのせて飛ぶ。

人だけでなく、

いろいろな

想いをのせた

手紙や荷物も

のせて飛ぶ。

愛してます!

ありがとう!

さようなら!

いろいろな

想いが飛んでいき、

いろいろな

想いが飛んでくる。

いろいろな想いを

安全に届けるのが、

パイロットの仕事なら、

その想いを

スムーズかつ確実に

離発着させるのが

航空管制官の仕事。

思いは同じ。

「安全に、確実に!」

昨日届いたAir Mailも

まさに飛行機が

運んでくれたもの。

いろいろな想いの

込められたAir Mailを

確実に受け取れたのも、

そうした人たちの

確実な仕事が

あったからこそ!

同時並行で飛ぶ

多くの飛行機に、

適切なタイミングで

適切な指示を出す。

マニュアル通りの

指示だけでなく、

「あなたを見守っていますよ」

という気持ちを込めた

メッセージまで。

それは確かな

心の支えになるだろう。

見守られていると

わかるだけで、

人は勇気を与えられる。

その想いを伝えるには

洗練された技だけでなく、

「声の力」、

「心の力」

も必要になる。

技に奢らず、

内面を磨くことで

伝わる心というものを

教えてもらった

ような気がした。

そして、

怠ることなく

努力し続けることも。

伝えたい!想いが

確実に伝わるために…

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「好き・嫌い」は大切だけど…

「急に真冬に逆戻り!?」

(≧m≦)

春を実感させてくれた

天気から一転、

真冬を体感させるとは…

(;・∀・)

天はすんなりと

春を迎えさせては

くれませんね…

(^-^;

これは、

「冬の厳しさを思い知れ!」

ということでしょうか?

あるいは、

「これで余計に春の有難みが

 よくわかるでしょ?」

ということでしょうか?

いづれにしても、

気温の振れ幅が大きい

今日この頃。

お互い体調の変化には

くれぐれも気をつけましょう!

ところで、

「春と冬どちらが好き?」

と聞かれると、

自分は躊躇することなく、

「春です!」

と答えるでしょう。

かといって、

冬が嫌いなわけでは

ありませんが…

物事に取り組む上で、

「好き・嫌い」は!

大切ですが、

「好き・嫌い」に

関係なく、

ここには「現実」が

あるのだということを、

ここ数日の天気の変化

から感じるのです。

私たちは「現実」を

受け容れなければ

ならない存在なのだと。

これが、フロイトのいう

「快感原則」と

「現実原則」なのかな?

「好き・嫌い」や

「快・不快」だけで

生きてはいけないのが、

「現実」の大人の世界。

目の前の「現実」を

引き受けてこそ、

大人なのだ!と

フロイトは言う。

いわゆる、

「快感原則」から

「現実原則」へのシフト。

ただ、

「現実」をイヤイヤ

引き受けるのではなく、

いかに楽しんで、

イヤな部分を減らすかが、

大人の人間としての

腕の見せ所!

(*^ー゚)b

「嫌い」と感じるコト

にも、イイところは

きっとあるはず…

イイところに気づくと、

意外に「好き」に

なるかもしれない。

とはいえ、

「嫌いなものは嫌い!」

なら仕方ありません。

それでも、真っ向から

「嫌い!」というのではなく、

「嫌い」を小さくすることで、

「現実」を引き受け易くなり、

楽しくなるのかも

しれませんね。

「じゃあ、どうすれば

 嫌いを小さくできる?」

う〜ん… そうですねぇ…

「好き!」を大きく

してみてはいかがですか?

(*^-^*)

昔ある人が教えてくれました。

「好き!」が多いと、

イヤだと感じることが

少なくなるって!

(o^-^o)

それまで斜に構えて

いた人が、

「好き!」が多くなると、

まわりの人からも

「開かれてる」と

感じられるように

なったよって!

(o^-^o)

「現実」を引き受け

なくてはならない大人。

同じ引き受けるなら、

「好き・嫌い」は!

ではなく、

「好き・嫌い」も!

大切にして、

「現実」を引き受けて

いきましょう!!

(*゚▽゚)ノ

私たちは、

生きているのだから!

(^-^)

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体を動かせば!

「体を動かすと

 うまく脳をだませる!」

まさに昨日体現しました。

昨日の朝、

ブログを更新した後、

すぐさまrunningに出た。

「今日も走ろうかな?」

そんな軽い気持ちで。

やっぱり朝に走ると

とても気持ちがいい。

朝方の気温も高くなり、

走ると結構汗もかく。

走り終わって

シャワーを浴びて

汗を流したら、

とたんにやる気が出てきた。

その後はとても順調に

仕事をこなすことができた。

やる気を維持しながら。

以前紹介した、

それはいわゆる勘違い?

『President』の

池谷裕二氏のコラムに

「やる気が出たからやる」

のではなく、

「やるからやる気が出る」

とある通り。

体がうまく脳をだまし、

さらに、

「これがイイよ!」

と言われたことでも

脳がうまく脳を

だませている。

(o^-^o)

「体を動かして

 まずはやってみる!」

すると、やる気はあとから

出てくるものですね!

「やる気がない…

 でもやらなきゃ…」

という時の選択肢は2つ。

「やる!」か「やらない!」か。

非常にシンプル。

やる気のない時だから、

「やってみる」か

「やってみない」か

のどちらか。

「やってみる」と

意外にやる気が

出てくるものですよ!

我が身を持って、

そうお伝えできます。

o(*^▽^*)o

追伸。

「楽しいから笑う」のではなく、

「笑うから楽しい」のです。

(*^-^*)

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他人の不幸は蜜の味?

「When Your Gain Is My Pain

 and Your Pain Is My Gain」

という衝撃的なタイトル

で始まる論文が、

2月13日付けの

科学誌『Science』に

掲載された。

日本の放射線医学研究所

(放医研)の高橋英彦氏ら

の研究成果で、19名の

大学生を対象に、

妬みや他人の不幸を喜ぶ

感情に関する脳内の

メカニズムをfMRIを使って

明らかにしたもの。

その概要は、

3人の人物(大学生)が

登場するシナリオを

読んでもらい、

その脳機能の変化を

とらえるもので、

3人の設定が興味深い。

1人(学生A)は、

とても優秀な同姓。

1人(学生B)は、

とても優秀な異性。

1人(学生C)は、

平均的な異性。

結果として、

自分より優秀な

同性に対して

「妬み」が強く、

次いで、

自分より優秀な

異性、そして、

自分と同等の

異性については、

「妬み」を感じていない。

「妬み」を強く感じる

被験者の脳は、

情動反応に関わって

身体の痛みを感じる

「前部帯状回」の

活動が高く、

まさしく、

他人の幸せを

自分の心の痛み、

つまり「妬み」として

とらえているさまが

明らかになった。

一方、シナリオは

登場人物が不幸になる

場面に変わる。

特に、学生Aが

不幸になるさまを

現した部分に

「喜び」を強く

感じるほど、

報酬系に関わって

快感を感じる

「線状体」の

活動が高くなった。

まさしく、

他人の不幸を

自分の喜び、

つまり、

「他人の不幸は蜜の味」

ととらえたさまを

明らかにした。

さらに、

この実験で、

「線状体」の活動が

高い人ほど、

「前部帯状回」の

活動が高いことも

あきらかにされ、

「妬み」が強いほど

他人の不幸を喜ぶ

傾向にあることが

明らかにされた。

さて…

「妬み」は誰の

心の中にもある感情。

スガシカオさんが歌う

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』

のテーマ曲、

「Progress」でも、

♪つまづいてる

 あいつのこと見て

 本当はシメシメと

 思っていた♪

という歌詞が

冒頭にあるほど。

自分にも「妬み」の

感情は間違いなくある。

これは否定できない。

他人の不幸を喜ぶことで、

自らの心の痛みを

軽くしようとする

悲しい人の性(さが)。

でも同時に、

人には「妬み」を

自らを鼓舞する

エネルギーにかえる

力も持っている!

竹内まりやさんが歌う

「幸せのものさし」に

♪隣の芝生が青く見えたら

 この庭に花を植えればいい♪

♪幸せの基準はかるものさし

 自分の心の中にあるのさ

 足りないもの数えるくらいなら

 足りてるもの数えてごらんよ!♪

とあるようにね!

さらに、

他人の不幸を

自らの痛みととらえ、

他人の幸せを

自らの喜びととらえる

感情も持っている!

脳の中にある

様々なモード。

同じ使うなら、

他人の不幸を

自分の悲しみとして、

他人の幸せを

自分の幸せとして

とらえるモードを

多く使っていきたい!

「感性が豊かになる」って

きっとそういうことなんだ!

と信じているから。

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年中行事ですから!

Happy Valentine's Day!!

o(*^▽^*)o

今日はバレンタインデイ。

小さい頃は、

意味がわからず、

「男の子がチョコを

 もらえる日」

だと思っていた自分。

(*^-^*)

小学校高学年になって、

この日の意味が

判りはじめた頃には、

同級生から明らかな

「義理チョコ」の

お世話になり始め、

同時に、

チョコを食べると

ホントによく鼻血を

出すという、

男としては

かなり厳しい??

身体的不利もあり、

そうこうしているうちに、

チョコレートが苦手に

なってしまった自分。

( ̄○ ̄;)!

大きくなって、

少量のチョコなら、

むしろ脳を活性化

させることが

分かった頃には

もう遅い…

(^-^;

そんな中、ある年の

バレンタインデイに、

ある人から

「義理チョコ」と

思し召しチョコを

渡される。

「チョコは苦手なんですよ…」

と丁重にお断りしたところ、

「年中行事ですから!

 一緒に参加しないとぉ!!」

とあらためて笑顔で

チョコを渡された時は、

正直驚いて、口がポカンと

開いていたような気がする。

すぐさま正気に戻った途端、

突然おかしくなって、

「ははは!そうですね!」

と有り難く頂戴した。

(^-^)

「年中行事ですから!」

と言われて渡された

チョコは初めてだった。

(* ̄ー ̄*)

チョコが苦手な自分でも、

このチョコは

とても美味しく感じた

ことをよく覚えている。

ところで、

バレンタインデイには、

研究会やセミナーの

予定が入る自分。

昨年も、数年前も、

なぜか?

バレンタインデイには、

アカデミックな予定と

ご縁がある自分。

(*≧m≦*)

今日も朝から外来。

午後からは研究会。

夕方からは講演。

ははははは!

これが自分の、

「年中行事ですから!」

(o^-^o)

みなさまは是非!

とっても素敵な

Valentine's Dayを

お過ごし下さいね!

心よりお祈りします。

このブログに触れて

頂いた方に、

最上級の幸せを!!

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春はそこにある!

「暖かいですね!」

昨日は此処所処で

こうした言葉が

交わされたことだろう。

日中は春の陽気に

包まれて、陽射しは

すでに春!

桜もほころび、

確実に春の到来を…

「ん?桜??」

いくら何でも早過ぎない??

(^-^;

いいえ!

立派に咲きほこる

桜を見つけました。

別に咲く時期を

間違えたのではなく、

2月に咲く桜。

そう!「河津桜」です!!

自分は春が好きです。

桜も大好きです。

やはり自分は日本人です。

日本語には、

「我が世の春」

という言葉があるように、

自分の思いが叶う時を

「春」に喩える。

気温の高さでは、

「夏」の方が

勝っていても、

「我が世の夏」

とは言わない。

日本人が「春」を

好きな証だろう。

おそらく、

辛く寒い時期を

堪え忍んで、

迎えたよろこびの時に

多くの人が共感

するからだろう。

その「春」を

象徴する「桜」。

2月とはいえ、

昨日のような

穏やかな春の気候

のもとで見ると、

ますます「春」の

到来を実感する。

「人生の春」を

迎えた人も、

まだ…の人も、

そこに春がある!

健気に、

そして清楚に咲く

桜の花を見て、

素敵な「春」を

イメージできたら…

o(*^▽^*)o

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それはいわゆる勘違い?

昨日、すこし時間の

かかる移動の前に

雑誌を買った。

そういえば…

あちらこちらに

移動はするものの、

雑誌を買うことは

少なかったなぁ…

雑誌を読まない

わけではないけど、

移動中は、

PCで仕事したり、

鞄の中にある

文庫本や新書、

単行本を読む。

だから、あまり

移動の前に雑誌を

買うことはなかった。

そんな自分が、

昨日は移動の前に

『PRESIDENT』

を手にとって、

そのままレジへ。

たぶん、表紙の

「時間を操れる人

 奴隷になる人」

がすこし気になった

からかもしれない…

こうした類の

ビジネス雑誌に

よくある統計では、

年収や階層の違い

による行動や習慣の

違いを載せている。

今回もやはり?

年収2000万円超と

年収500万円台の

それぞれ500人での

時間感覚や行動パターン

の違いについて

掲載されていた。

ここでよくやるのが、

統計の読み違い。

勘違い?と言った方が

良いのかも知れない。

年収2000万円超の人と

行動パターンが

似ている部分を

見つけると「安心」

するという勘違い。

目的もなく、

年収2000万円超の

人の行動パターンを

真似ても、

年収2000万円に

なることはない。

そもそも、

年収2000万円の

仕事が良くて、

年収500万円の

仕事が良くない

ワケがない!

どうすれば

自分を変えることが

できるのか?

というヒントを

得ることができ、

変えることが出来れば

それでイイ!

たしかに、

仕事が出来る人は、

時間の使い方が

とても上手い!

そういう人に

なりたいと思えば、

その人をイメージして

その人のように

行動してみて、

最終的に自分の

カタチを作り上げていく。

やはり、「自分のカタチ」

が大切だと思う。

その結果、

年収が多いというのは、

それはそれで

結果の1つに

過ぎないのだから。

(^-^)

ところで、

この雑誌記事の中で、

最も参考になったのは

「海馬」の研究で著名な

脳科学者池谷裕二氏のコラム。

「やる気が出る

 脳のだまし方」

その「だまし方」は、

1.カラダを動かす

2.いつもと違うことをする

3.ごほうびを与える

4.なりきる

先週から朝走っている

自分としては、

1の「カラダを動かす」

を見て、やっぱりね!

とすこし安心する。

あれ?もしかして…

これも立派な

「勘違い」??

(*^-^*)

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おかえりなさい!という心

今日は建国記念の日

日本にいて、

日本を想う機会は、

正直、あまりない…

むしろ、海外に出た

時の方が、日本を

よく想う。

それは、やはり

自分の故郷だから?

そうだろうなぁ…

それだけだろうか?

「心の安全基地」

があるからじゃないかな?

特にそう想うのは、

「おかえりなさい!」

という言葉を聞いた時。

海外の学会に出るために、

出国する時は、

やっぱりワクワクする。

見送りに感謝しつつ、

元気いっぱいに、

「いってきます!」

と手を振る。

なのに、

海外に出たら

無性に日本のコトが

気にかかる。

「ん?日本のコト?」

「………」

(^-^;

携帯が海外でも

特に不自由なく

使えるようになったのは

ごく最近のこと。

3・4年前から、

空港でレンタルして、

出かけてたっけ?

その携帯を使って、

電話やメールをする。

時差があっても、

ほとんどすぐに

返信をくれた。

時差で昼夜が

逆転していても

モーニングコールを

かけてくれた。

日本にいる時と

同じように電話。

それでも、

成田に着いたら、

パスポートに「帰国」

のスタンプを押して

もらう前よりも早く、

いの一番に電話!

それもこれも、

「おかえりなさい!」

の言葉が直接聞きたいから。

「ただいま!」

の言葉を直接伝えたいから。

「おかえりなさい!」

の言葉を聞いて、

帰ってきたんだぁ!

と実感する。

それもこれも、

日本があるから。

「おかえりなさい!」

という心の

安全基地があるから。

だからこそ、

意気揚々と海外に

出られるのだろうなぁ…

この地球に、

日本があって良かった!

日本に生まれて良かった!

今日この日は、

そんな日本が生まれた日。

9日のオバマ大統領の

初の公式記者会見で、

「失われた10年」

を引き合いに出され、

良くない見本にされた

日本だけれど…

(゚ー゚;

そんな批判を受ける

日本の政治を政治家に

委ねているのは、

言うまでもなく

自分も含めた日本人。

週のまん中の休日

だなんて思わずに、

せめて今日だけは、

日本にいて、

日本を想う日にしよう!

「おかえりなさい!」

という言葉がある

心の故郷のコトを。

(*゚▽゚)

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Run Run Run

先週から、

朝に時間があれば

走っている。

きっかけは?

何気に外を走ってみたら、

とても気持ちが良かったから。

どうせ走るのなら!と、

"Nike+iPod"のセンサーと

センサーが入れられる

Nikeのシューズを購入し、

Nikeのウェアに身を包み、

携帯のTVCMのように、

アームバンドでiPodを

腕に巻いて、

音楽を聴きながら

走っている。

「ん?カタチから入る人?」

そういうワケじゃないけど…

(^-^;

最初のきっかけは

どうであれ、

続けるには、

「続ける環境を整える」

コトが大切。

そのためには、

目標だけでなく、

カタチも大切。

特に、今回なんかは、

目標があって走ってる

わけではないから、

続かない可能性も…

(;・∀・)

だから、すこしは

機械の力を借りて、

続ける工夫をしてみた!

ってトコかな?

ヾ(´ε`*)ゝ

走り終わって、

iPodとPCを

シンクさせると、

走行距離や

消費カロリーの

データが送られる。

「走った!」という

気分で終わるのではなく、

「走った!」結果が

目に見えるカタチで

残っていく。

結構楽しいものです。

(o^-^o)

かといって、

そのために走ってる

ワケではないけれど…

「走ると気持ちイイ!」

ただそれだけ。

体重は昨年の5月から

ほぼ変わっていないし、

BMI(=体重(kg)/身長(m)*2)

も20〜21と標準的。

だから、余計に

走る目標が特にない…

「走ると気持ちイイ!」

ただそれだけでイイじゃん!

そんな気持ちで走っている。

地に足をつけて歩き、

跳ぶように駈ける。

風を感じて、

朝を迎える街の

風景を見ながら、

リズムよく走る。

息づかいや鼓動で

「まさに生きてるなぁ」

って実感する。

Run Run Run

ただそれだけのコト。

でも、楽しい!

o(*^▽^*)o

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今日という一生のはじまりに

「一日一生」

という言葉がある。

「一日を一生のように生きよ」

かけがえのない人生は、

一日一日の積み重ね。

一日一日を大切に!

あらためてそう想う。

今日という日が生まれ、

新たな一生が始まる。

人は皆、泣きながら生まれ、

笑いながら生きていく。

笑うために泣き、

泣くために笑う。

昨日の涙は、

今日の笑顔のために。

「今日という日は

 残りの人生の最初の日」

残りの人生が、

笑いで満たされるように、

今日も笑顔でいよう!

(o^-^o)

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元気の源は…

「今日は一緒に出よう!」

外来が終わって、

K先生が自分に言われた。

自らのやるべきことを

「再確認」し、

やろう!とする意欲が

湧いてきていても、

元気か、元気でないかは、

見る人が見れば

わかるようだ。

「から元気」でもイイから、

そう振る舞うことで、

元気な自分を取り戻す

きっかけになるかも?

そう思いながら、

この数日を何とか

乗り切ってきた。

それを見抜かれたのか?

いつもなら、病院を出て

食事をしても、

また病院に戻って

仕事をされるK先生が、

昨日ばかりは、

ご自身のお仕事に

都合をつけられ、

「一緒に帰ろう!」

と声をかけて頂いた。

そして…

「うなぎを食べて元気になろう!」

「ははははは」

思わず笑ってしまった。

K先生も自分も

大好物のうなぎを食べる。

食べている間も、

食べ終わった後も、

昨日のK先生は

非常に饒舌。

臨床のコト、

研究のコト、

大学のコト

etc.etc.…

とても饒舌に

お話しされた。

すこし元気がなさそうな

自分に「どうした?」

とも聞かれない。

ただただ自分も興味がある

お話をされる。

そんなお話を聞いていると、

思わず身を乗り出して聞き、

こちらもお応えする。

すると、「なるほど!」

「ほぅ〜 そうか!」

などと巧妙に相槌を打たれる。

栄養豊富で美味しい

「うなぎ」にも助けられて

徐々に元気が湧いてくる。

「実は先生…」

と、数日前のコトを

お話しした。

K先生は黙って

聞いておられる。

話し終わって、

「でも、大丈夫だろ?」

とだけ話された。

(自分が一番よく分かってるだろ?)

とでも言わんばかりに。

すると突然、

ご自身の昔話を話された。

そして最後に、

「誰にでも思い違いはあるものさ。

 それを教訓にどう生かすかだな!」

と笑顔でお話し頂いた。

元気の源は、

本当に理解して欲しい人に

理解してもらえるよろこび。

その理解を得るために、

自分のやるべきコトを

誠実に果たしていく。

違いを理解して、

共生してこそ人間。

昨日は帰り着いて、

一気に力が抜けた。

横になったら

すぐに眠りについた。

とてもひさしぶりに、

10時間近くも眠った。

疲れてたのかな?

今朝もいつもの時間に

目が覚めたが、

そのまま体を休めるコトにした。

体を休めたおかげで、

心もずいぶん楽になった。

陽射しが眩しく、

冷たい空気も心地良い。

本格的な春を前にした、

季節の変わり目の貴重な時間。

この空気を肌で感じるために、

外を走ってこよう!

そして、その後は

音楽を聴きながら、

本を読みながら、

今日一日ゆっくりと

過ごそうかな。

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原点回帰

心が折れた瞬間が

突然来た後も、

自分はやるべきコトを

粛々とやってきた。

心が折れて、

自分に自信が

無くなったとしても、

自分を頼ってくれる

人がいる。

自分を信じられなくて、

人から信じてもらえる

なんて到底ムリですよね。

まずは自分を信じなきゃ!

自分の至らなさは

重々承知。

自らそのことを悔み、

自らを静かに

見つめ直した時、

心の底から声が聞こえる。

「まさか自分は完璧だと思ってた?」

まさか!思ってないよ!

「不完全だからこそ、人間だよね!」

そう思う。

「常に至らないところがあって当然!」

う〜ん…

「不完全のままでイイと思ってる?」

イイわけないに決まってる!

「だからこそ、

 完全を目指すのさ!

 どこまでも不完全なのに、

 完全だと思った瞬間、

 あるいは、たとえ

 完全だと思ってなかった

 としても、常に

 “これで良かった?”と

 思ってなければ、

 “傲り”があったと

 言わざるを得ないね!

 謙虚に!謙虚に!

 謙虚な気持ちを持って、

 完全を目指すのさっ!!

 同じコトを繰り返さない

 ためにもね!!」

折れた心に、自ら

副え木を当ててみる。

事態に変化はなくても、

折れた心に、

治そう!とする

自然治癒力があるとわかる。

自分のまわりの人たちや

ブログにコメント頂いた

人の優しさが、

「薬」となって治癒に

力を貸してくれる。

自分は何のために

この仕事をやっているのか?

その原点に想いを馳せた時、

見えてきたものがある。

原点に立っていた時、

何もわからないから、

とてもとても謙虚な

気持ちでいたよね!

すこしくらい分かったり、

すこしくらい出来た

からといって、

常に謙虚な気持ちで

いないと傲慢になる。

謙虚な気持ちで

自らのやるべきコトを

真剣に誠実に

やっていこう!

自分の命を懸けて

やるべきコトが

見つかったからこそ、

この仕事を

やってるんだよね!

命を懸けるのは自分。

その自分を信じて、

決して過信することなく、

謙虚な気持ちで

生きていくこと。

それが、

「命を懸けて生きる」

つまり、

「一生懸命」

ということなのだから。

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ありがとうございます

昨日のブログ記事に対して、

心優しいコメントを頂き、

本当にありがとうございました。

心より感謝申し上げます。

今は、ただただ

自分の至らなさが

悔しくてなりません。

そんな自分に対して、

心優しい言葉を

頂いたみなさまに、

感謝の気持ちは

尽きません。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

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心が折れる瞬間

今日は日記をうまく

書けません…

「心が折れる瞬間」

それは突然やってきました。

一所懸命!って何だろう…

自分が頑張ってきたコトって?

自分の至らなさに

言葉を失っています。

自分が一所懸命に

やってきたコトって、

所詮「やってきたつもり」

でしかなかったのかなって?

今日はこれ以上、

書く自信がありません。

今は自分をふり返って、

ただただ静かに

見つめ直したいと

思います。

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心の底から

"From the bottom of my heart"

「心の底から」

自分が好きな言葉の1つ。

「名言・格言」の類

ではないけれど、

「心の底から」出た言葉や

「心の底から」想う気持ちは

相当の深さと重みを持っている

と信じているから。

好きな言葉と言っても、

そう易々と使える

言葉ではない。

まさしく、

「心の底から」

想う気持ちがあって

はじめて使うことができる。

じゃあ、「心の底」

には何がある?

それはね、

「腑に落ちたこと」、

「心から納得したこと」

で満たされている

のじゃないかな。

そんな心豊かな「心」

にある「心の底」でないと、

「心の底から」出た言葉は、

何かしら信じ難い言葉に

なってしまう…

だからこそ、

「腑に落ちること」、

「心から納得すること」

はとても大切なこと

だと思っている。

昨日の『プロフェッショナル

 仕事の流儀』のゲスト

湯浅勲さんの言葉で、

あらためてその想いを

強くした。

「心が納得してこそ、

 前に進める。」

森林再生に人生を

かける湯浅さんの

信念とする言葉。

まさしく、

腑に落ちた!

心から納得した!

人の手で植えられた

「人工林」とはいえ、

育つ環境は「自然」。

自然はごまかしがきかない。

表面的な取り繕いでは

太刀打ちできない。

まさに、「心の底から」

納得したことは、

「自然」の声に

耳を傾けた結果だろう。

「心の底から」

納得するためにこそ、

フィルターである

「感性」が大切

なんじゃないかな。

磨かれた「感性」で感じ、

そのフィルターを通して、

心から納得する。

そんな「心の底から」

出た言葉や想う気持ち

だからこそ、

深みや重みも出て、

人の心に響く。

今日からは「春」!

(*゚▽゚)ノ

天気のイイ春の日に、

「心」も天日干しを

してみようかな?

o(*^▽^*)o

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「冬」から「春」へ!

「2月2日までに!」

To Doリストの

期限として、

「2月2日」を

設定しているのが

幾つかあった。

締切が設定された

モノについては、

その締切日が

自ずから期限と

なるけれど、

今回のTo Doリストの

「期限」は自ら

設定したモノ。

それは、Deadlineが

無いモノだから…

Deadlineを自ら

設定しないと、

「まぁイイか…」

と、ついつい

先延ばしをしてしまう…

(^-^;

「論文」はまさに、

その典型。(゚ー゚;

「学会抄録」なら、

提出の締切が

設定されているから、

その日がDeadline。

でも、「論文」は違う。

仮に、期限を設定しても、

その設定の仕方が

「あいまい」だったら、

忙しさにかまけて?

ずるずるずるずると

引き延ばしされる…

「するのは自分でしょ!」

「ははは…そうでした」

(;´▽`A``

だから、期限の設定も

大切なコトかもしれない。

そうでないと、

「意志薄弱」症状の芽が

元気に?出てくる…

Σ(;・∀・)

それで!期限を

「2月2日」に設定!!

それは、「2月3日」が

「節分」だから!

(・∀・)

暦の上では、

「冬」から「春」へ

季節を分ける日。

ブログに、

「冬」や「春」に

関する記事を

書いていたのも、

その期限を自分に

言い聞かせるため?

(*≧m≦*)

「で! できたの?」

(?_?)

「で、できました…」

(^-^;

なんとか、自分の期限に

間に合わせることができた。

(* ̄ー ̄*)

「節分」

日本人は古来より、

節目節目を大切にしてきた。

来るべき「春」が、

福で満たされるようにと、

邪気を祓う行事をする。

竹は、

「節目」があるから、

まっすぐに伸びる。

「節目」があるからこそ、

しなやかに強くなれる。

人生も同じかな?

「節目」を大切に

過ごすことで、

しなやかに強く

生きていける気がする。

今日は「節分」

「冬」と「春」の「節目」

今日のこの日を

どう過ごすのか?

自分で自分を

観察してみよう!

(゚▽゚*)

気分も新たに過ごすぞぉ!

だって、明日からは

「春」なのだから!

(*゚▽゚)ノ

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Catch the rainbow!

「あれ?地震?」

昨日の朝、

ブログを更新して

しばらくPCに

向かっていたら、

すこし揺れている

のがわかった。

揺れ幅は大きくなくても、

揺れている時間が

長く感じた。

「こんな時って、

 どこかで大きな地震

 が起こってたり

 するんだよなぁ…」

すこし心配になって、

TVのスイッチを入れる。

「東北地方で震度4」

地震速報が伝える。

「大きな被害は

 なさそうだな」

ひとまず安心。

でも、なんていうか…

偶然?必然?

そんな想いが

頭をよぎる。

ブログに、

 マグマのような

 熱い熱い想いが

 自分の身体の奥から

 沸き上がって

 くるのがわかる。

って書いて、

しばらく経ってからの

地震だったから…

「地球も生きてるぞ!」

って、まるで

言ってるかように…

外を見る。

天気は快晴!

急に、地球の息吹を

自分の肌で感じたくなった。

「外に出てみよう!」

そう思った瞬間、

飛び出すように、

外に出る。

日比谷公園を歩く。

気温はすこし低め、

でも、暖かい陽射しの下、

「冷たい!」というような

感覚はあまりない。

「季節は確実に

 春に向かってる!」

そう実感した。

ふと見ると、

日比谷公園の噴水に

虹が架かってる!

さわやかな朝に、

とても清々しい!!

太陽と水とが織りなす

光のスペクトル。

綺麗な光の帯が、

風によって

広げられた水の

スクリーンの上に

弧を描いている。

「風が強いなぁ…」

時折、強い風が吹いて、

噴水の水が真横に

飛ばされても、

虹は映されている。

人は「虹」を見て、

その光の謎を知ろうと、

物理学を深め、

人は「虹」を見て、

その光の美しさを

伝えようと、

文学や音楽で、

その感性を伝えてきた。

きれいな「虹」を見た

自分の感性の種は、

どう育っていくのだろう…

ただ1つ言える

確かなことは、

「自分は間違いなく、

 虹をつかんだ!」

ということ。

Hibiya1

Hibiya2

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お試しの春?

「冬はこうでなくっちゃ!」

と言わんばかりの

冷たい風と寒い気温。

(≧m≦)

立春を前に、

一足早く春の気分を

運んでくれた日から

一転して、

昨日は冬らしい

気候でしたね。

「外来」

「移動」

「研究会」

「移動」

「会議」

「移動」

「…」(^-^;

移動する度に、

冬を実感した。

"If Winter comes,

 can Spring be far behind?"

(冬来たりなば、

 春遠からじ)

暖かかった木曜日の夜、

この言葉を思い出した。

「寒くてつらい冬のあとには、

 暖かい春がやってくる。

 今はたとえ辛く苦しくても、

 やがて明るく幸せな

 ときはやってくる」

厳しい「冬」を

経験すると、

暖かい「春」の

有難みがよくわかる。

この数日間は

まさにそう!

「春」の有難みを

実感した数日だった。

でも、同時に、

「冬」の辛い経験に

感謝する気持ちの

存在も確認できた。

「冬」に感謝する

気持ちがあると、

「春」の有難みが

倍増するような

気がする。

「冬」があるからこそ、

「春」の有難みがわかる。

暖かい「春」が来るって

信じてるからこそ、

厳しい「冬」も乗り切れる。

厳しい「冬」を

ただ堪え忍ぶだけでなく、

暖かい「春」を

想像しながら

懸命に生きていく!

「冬」の中に、

「お試しの春?」

みたいなオプションが

付いていた1月も

昨日で終わり。

今日から2月。

「試される冬!」

を如何に過ごすか!?

マグマのような

熱い熱い想いが

自分の身体の奥から

沸き上がって

くるのがわかる。

(* ̄ー ̄*)

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