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2009年5月

やるじゃん!

「壁を乗り越えた!」

そう感じる瞬間は

突然やってくる。

それは、

成し遂げた瞬間

ではなく、

まさにその真っ最中に。

「乗り越えた!」

というより、

「抜けた!」

という方が、

実感に近いかも

しれないけれど…

それもこれも、

やり続けてきた

からこそ感じる瞬間。

立ちはだかる壁は

易々と乗り越えられる

あるいは抜けられる

というものではない。

でも、

ホントに突然、

「乗り越えた!」

「抜けた!」

と感じる瞬間が

やってくるもの。

他の人から見れば、

瑣末な事で、

低く小さな壁かも

しれないけれど、

自分にとって

壁は壁。

他の人が

どう感じようと

関係ないコト。

「壁」と感じて、

その「壁」を

乗り越えるのは

まさに自分

なのだから。

そして、この

「乗り越えた!」

感覚はまさに、

自分だけのもの。

乗り越えた者だけが

感じる事のできる感覚。

この感覚を

伝えることは

できなくても、

間違いなく

伝えられる

ことがあります。

それは、

やり続けていれば、

「壁を乗り越えた!」

と感じる瞬間が

必ず来る!

ということ。

その瞬間、

できないコトに

自分の無力さを

感じていた自分でも、

「やるじゃん!自分!!」

と思えてしまう。

まさにその真っ最中、

もがき苦しんでいても、

乗り越えた瞬間、

何でもできそうに

思えてくる。

(でもすぐ

 次の壁が

 立ちはだかる

 のだろうけれど…)

それでも、

「壁を乗り越えた!」

と感じた瞬間だけは、

「やるじゃん!自分!!」

とほめてあげよう。

ヽ(´▽`)/

すると、

待ってろよ!次の壁!!

なんて思ったりもする。

(単なる強がり

 かもしれないけれど…)

大切なのは、

やり続けること。

そして、

問い続けること。

さて、ところで

どんな壁を

乗り越えたの?

って、それは…

自分だけの感覚

ですので、

あしからず。

(* ̄ー ̄*)

今日までは皐月、

明日からは水無月。

一日一日を大切に、

頑張っていこう!

あらためてそう思う

初夏の朝でした。

o(*^▽^*)o

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あきらめないために

「武将たちの

 強さの秘密」

 1.レジリエンス

 2.説得者要因

 3.ハロー効果

これは、

プレジデント

6月15日号の特集

『迷いが晴れる

 歴史・古典入門』

の記事のうち、

「粘る、諦めない」

武将たちの精神分析

と題して、

心理学者の

内藤諠人さんが

書かれたもの。

まず、

"レジリエンス"は、

心理学用語で、

「困難な環境を

 生き抜く適応能力」

のこと。

ここでは、

「諦めない」ために、

周囲のサポートが

必要であることが

述べられている。

「諦めない」とは、

感情の安定性が高い

状態にあるということ。

そのためには、

優れたサポーターがいて、

その言葉に耳を傾け、

受け入れる柔軟性が

あるかどうか。

次に、

"説得者要因"は、

「同じことを説得する場合、

信頼感のある人の方が

受け入れられやすい」

ということ。

つまり、

説得する側に

人間的魅力があり、

好感の持てる人

であるからこそ、

その人の言葉に

聴く耳を持たれる

傾向がある

ということ。

これは、

説得者の

「人間力」に

依存することになる。

最後に、

"ハロー効果"は、

「後光の効果」のコトで、

人間は後光が射している

人物をスゴい!

と思う傾向があるので、

その後光を利用する

というもの。

つまりは、

血筋や肩書きなど

後光の力を借りて、

人間的魅力を

色眼鏡で見てもらう

ということ。

なるほどね!

と思いながら

この記事を読んだ。

歴史に残る人物は、

その人物の

「人間的魅力」にばかり

目が奪われがちだけど、

その周囲にいた

人間的魅力にあふれた

人物のサポートも

重要な要因であったこと。

血筋までも。

そうしたことが、

史学ではなく、

心理学的に解説してあり

非常に面白い!

自分は歴史が

とても大好き。

自分の持っている

歴史上の人物の

「人となり」の知識は、

歴史小説からの

受け売りだけど…

でも、

歴史小説を読みながら、

人がどのように考え、

どのように行動したかは、

時代が変わっても

人間である以上

変わることは

ないのだ!

という確信がある。

その人物のように

できるかどうかは

別にして、

その考え方や

生き様は、

学ぶべきところが

非常に多い!

迷ったら、

歴史に学ぶ。

それは、

過去の人物だけでなく、

現在(いま)を生きる人や

自分の周囲の人、

そして、

自分の歴史にも!

「みんな悩んで

 大きくなった!」

のだから。

(o^-^o)

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あなたの年齢は…?

「あなたは何歳だと

 感じていますか?」

何をいきなりっ!

と思われたかも

しれませんね…

(^-^;

先日、

とある研究会で、

心理学がご専門の

名古屋大学名誉教授

八田先生とお話しさせて

頂く機会を得ました。

先生曰く、

「自分が感じている

 年齢(主観的年齢)は、

 アメリカでは、

 実年齢(暦年齢)より

 15歳程度若く、

 日本のある地域では、

 8歳程度若い。

 一方、フィンランドでは、

 ほぼ実年齢に近い」

とのこと。

どうしてこうした

地域差が出るのか?

について、

「アメリカのように、

 唯我独尊の国は

 いくつになっても

 自分でやらなきゃ!

 という意識が強く、

 北欧のように、

 社会保障制度が

 充実している国は、

 高齢になっても

 大丈夫!という

 安心感があるから、

 自分がやらなきゃ!

 という思いが

 強くないのでは…」

というお考えを

述べられた。

じゃあ、日本は…?

その中間という

ところでしょうか?

年金制度があるものの、

それだけでは…

という不安要因が

あるのも現実。

やはり、

自分でやらなきゃ!

という意識を持つ

必然性があるのかも

しれませんね。

でも、

悲観的なことばかり

ではありませんよ!

主観的年齢が

実年齢よりも若い!

というのは、

社会性が高い!

というコトを

表している一面も

あります。

どういうことか?

というと、

自分でやらなきゃ!

という自主性があり、

社会において、

人と接する機会を

多く持つことで、

若くいられる!

ということ。

このことは、

死亡率とも

関係していることが

報告されており、

フィンランドの

研究では、

実年齢より

身体的または精神的に

若いと答えた人は、

実年齢と同じか、

老いていると

答えた人に比べて、

13年後の死亡率が

低かったとのコト。

気が若い!

あるいは、

身体が若い!

という気持ちは

実際の身体に

大きく影響

している証。

これはまったくの

私見ですが…

脳は達成感が

得られると

よろこびを

感じますが、

同時に、

その行為を

一旦止めるように

働きます。

そこで満足すると、

次に同じことを

しなくなることも

ありうるのです。

だから、

もっとやりたい!

あるいは、

まだまだ足りない!

というように、

すこしくらいの

欠乏感があった方が、

心身ともに

実年齢よりも

若くいられるのかも

しれませんね!

幸せなことはイイ!

幸せだとしたら、

その幸せに

満足するか?

さらに幸せを

求めるか?

おそらく、

求めた方が

イイでしょうね。

ただし、

求めるのは

「自分さえ…」の

幸せでなく、

「あの人の!」

幸せを願い求める

気持ちであれば…

「あなたが幸せで

 ありますように…」

その「幸せ」のために、

自分は頑張るっ!のです。

o(*^▽^*)o

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愛してますか?

「人間は自分の望むものを

 他人に与えることに

 よってしか手に入れる

 ことができない。」

(レヴィ・ストロース)

今朝の続きという

わけではないけれど…

(って書いた時は、

 実は"続き"という

 コトが多い!)

 (^-^;

レヴィ・ストロースの

言葉はストレート!

例えば、

「愛」について

考えてみましょうか。

「愛されたい!」

と思う人は多い。

けれど、実際に

「愛されている!」

と感じている人は

どの位いるのだろう?

あるいは、

「愛されていない

 かもしれない…」

と感じてたりして…?

「愛されたい!」

と想うのなら、

自分を覆っている

「かもしれない…」や

「自分が愛されたい!」

など得体の知れない

モノ(負担?)を下ろして、

とにかく

人を愛すること。

そうすることで、

「愛」を

手に入れることが

できますよ!

と言っている。

(ように思う)

 (* ̄ー ̄*)

「幸せ」の

おすそわけを

するのも、

おすそわけして、

よろこぶ顔が

見たいから!

そして、自分も

歓びたいから!

ほら!

「他人に与えることで

 手に入れる」ことが

できるでしょ!

 (*^-^*)

だったら

「愛」も同じこと。

人を愛することで、

自分が愛される。

すると、

「愛されたい!」

という望みを

手に入れる

ことができる。

これは、

自分の大切な人から

教わりました。

大切な人の

姿を見て。

あふれんばかりの

「愛」に育まれた

からこそ、

「愛」のおすそわけ

ができ、

さらに、

人を愛することで、

もっともっと

自身が愛される!

そんな素敵な

姿を見て

学んだのです。

「どうかみんなに

 愛をこれからも」

 o(*^▽^*)o

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大切な人の目線で

果たして、

現在(いま)自分は

ドコにいるのだろう?

どうしたいのだろう?

別に、見当識障害に

なったわけじゃない。

時々、現在(いま)の

自分の立ち位置を

確認しているだけ。

でも、

自分の見える

立ち位置は、

主観的なもの。

そんな時、

大切な人は

自分の目線に立って

自分の立ち位置を

客観的に

伝えてくれる。

調子の良い時は、

「よく頑張ったね!

 さらに頑張れば…」

調子の良くない時は、

「十分頑張ってるよ!

 今は何もしなくてイイよ」

しまった!って

思っている時、

それがとても

大切なコトだったら、

「わかっている

 と思うけれど…」

と諭してくれる。

おそらく、

自分でもわかっている。

でも、それは

「知っている」のであって、

「理解している」のでは

ないのかもしれない。

その人の目線に立って、

自分の想いを伝えて

もらえるからこそ、

伝わるのだと思う。

高いところから

モノを言うのではなく、

その人の目線に立って。

小さい子供に

話しかける時、

膝を折って

子供の目線で

話しかけるコトが

自然にできる人は、

とても素敵に見える。

誰に何を伝えるかを

無意識に理解して

いるのだから。

自分自身を見つめる時、

自分の姿が映る

大切な人の目線で、

自分自身をあらためて

見つめ直してみる。

自分の大切な人の

目線に立って。

ところで、

鳥の目線で見たい!

と思って空を

飛んでる人がいる。

Air Photographerの

多胡光純さんだ。

モーターパラグライダーで

空を飛び、

桜の映像を撮った

多胡光純さんの

DVDを大切な人が

贈ってくれた。

桜が好きな自分に

鳥の目線で

見られるように。

「人間は自分の望むものを

 他人に与えることに

 よってしか手に入れる

 ことができない。」

(レヴィ・ストロース)

"どうしたいのか?"は、

"どうするのか!"

というコトなのだろう。

自分の大切な人の目線で。

(*^-^*)

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やっぱり「学んで」る!

昨日の

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』

のゲストは、

材料科学を専門とする

細野秀雄さん。

出される

論文数が、

半端じゃない!

年間60本!!

(単位は、編や件が

正しいところですが、

自分たちはいつも

本で数えるもので…)

しかも、

細野さんらの

グループから

出された論文

「鉄系高温超伝導

 物質の発見」は

2008年の

引用件数が

世界一!!

科学の分野では、

とてつもない

業績といえる。

そんな細野さんの

プロフェッショナル像に

迫った昨日の番組は

非常に面白かった。

特に面白かったのは、

科学者の

「人間くさい」

ところ。

(o^-^o)

「オームの法則」

のように、

自身の名前がついた

法則がほしい!

っていう、

ちょっとした

虚栄心も、

「楽しみ」、

「勝てる」

科学者で

あり続ける

1つのスパイスに

なるのだろうなぁ

って。

(*^ー゚)b

そして、

グループの研究員の

研究に対する

取り組みが

とても興味深かった。

やっぱり、

「教わって」るのでなく、

「学んで」る!

自らが何を求められ、

自らが何をなすべきか。

それを摑んでいるからこそ、

指導者が求める応えを

出すことができる。

頑張り次第では、

指導者の求める応え

以上の応えを。

そして、

根拠のない自信も

心折れずに、

高いモチベーションを

維持するには、

とても大切なこと。

やはりどの分野も、

「人間力」が

結果を左右する。

細野さんが

言った、

「五感が大事」

という言葉に

大いにうなずく。

感じて、

行動する。

やれば何かが

見えてくる!

やらなきゃ何も

見えてこない…

やらずに

「できない」って

言ってても

何も始まらない。

じゃあ、どうする?

o(*^▽^*)o

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水に流す

朝走っていると、

水の流れる方向に

自然と足が向きます。

とはいえ、

いつもはほとんど

走るコースが

決まっているので、

敢えて!

「水の流れる方向に」

というわけではない

かもしれませんが…

(^-^;

でも、最初に

走った時は、

自然に

水の流れる方向に

コースを取り、

いつもより

長い距離を

走る時も

決まって、

水の流れる方向に

足が向きます。

木々の緑や、

綺麗な花々を

愛でながら

走った後は、

水の流れる方向に

足が向きます。

「水に流す」

なるほどなぁ〜

って思います。

ままならぬ思い、

そんな思いを

水に流す。

故人の魂を

小さな舟や

灯籠にのせて

水に流す気持ちも、

おそらくは

二度とは会えぬ

切なさまでも、

水に流すのかも

しれませんね。

走りながら、

水の流れる音を

聞くと、

何だか心が

スーっとします。

この時期、

朝の早い時間に

走っていても、

かなりの汗が

流れてきます。

それをシャワーで

洗い流す。

すると、

ままならぬ気持ちまで

キレイに洗い流される

心地がします。

今朝も、

そんな心地よさに

包まれて、

1日が始まりました。

いろいろな思いを

キレイに洗い流して

くれる水に、

感謝です!

(*゚▽゚)ノ

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尾張名古屋は

昨日、名古屋で

お話しさせて

頂いた。

主催者側の

スタッフの方は

ここ最近、

気が気で

なかったろう。

新型インフルエンザの

感染拡大を防止するため、

規模の大小に関わらず、

学会や研究会も

含めたイベントの

中止も考慮しなければ

ならなかったのだから。

実際、関西方面で

開かれる学会などは

中止となっている。

そうした状況の中、

開催することができ、

一安心された

ことでしょう。

そのご苦労に

心からお見舞いの

言葉をお伝えしました。

さて、

会が始まるまで

時間にゆとりもあり、

久しぶりに、

名古屋城へ。

「尾張名古屋は

 城で持つ」

とうたわれた

名古屋城。

太平洋戦争の

空襲で焼失した

天守閣が再建されて

今年で50年。

本丸御殿の

再建工事も始まり、

昔の荘厳な姿が

再現される日も

近いだろう。

あらためて、

その規模の大きさに

驚いた。

ところで、

名古屋の方は、

「熱い!」方が

多いように思う。

とても熱心に

お話を聴かれ、

とても熱心に

討論された。

会が終わって、

心地よい疲れに

包まれながら、

ふと感じる。

リフレッシュって、

ヴァカンスのように

何もせず過ごすのも

1つのリフレッシュ

であるのなら、

テンション高く

仕事をしながら、

モチベーションを

上げるのも、

1つのリフレッシュ

なのかもしれないな

ってね! (o^-^o)

名古屋の人の

熱い「思い」で、

心身ともに

とても有意義な

時間を過ごす

ことができました!

(*゚▽゚)ノ

また今日から

笑顔で頑張ろっと!

o(*^▽^*)o

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「教わる」のではなく「学ぶ」

「教わったのではない、

 学んだのだよ!」

最近、この言葉が

頭から離れない。

師に教えを請い、

教えて頂いたことに、

謝意を伝えたとき、

師から頂いた言葉。

「確かに、

 教えはしたけれど、

 先生は

 教わったのではないよ。

 先生が

 学んだのだよ!」

要するに、

受動的に受け取った

行動ではなく、

自動的に進んで

学んだというコトを

説いて頂いた言葉。

それは、

「教え」を

受けようとする者が、

「学ぼう」とする

心がない限り、

「教え」を

自らの血肉にする

ことができないよ!

という訓戒にも

聞こえる。

と同時に、

「教える」側が、

「教わる」側に

「学びたい」と

思わせないと、

「教え」が

「学び」になる

ことが難しいとも

感じる。

「学んだ!」と

思えるような

教育を受けた歓びは、

とても素晴らしいもの。

受けるだけでなく、

果たして、自分は

そのような教育を

授ける側にまわることが

できるのだろうか…?

ますます

「人間力」を

磨かなければ!

と痛切に思う。

「ありがとう!」

の言葉に対して、

「丸く研いていく」

と応えた鏡に映る

自分の姿を

見つめ直す度に。

(*≧m≦*)

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「おかげさま」という神様?

今までも、

「おかげさま」

ということを

よく感じて

いたけれど、

現在(いま)ほど、

「おかげさま」

の有難さを

想うことは

ないだろうなぁ…

(゚▽゚*)

と感じる

今日この頃。

「おかげさま」

に感謝する気持ち。

感謝の感度が

良くなっている

とすれば、

この感度を

維持しておきたい!

わからないときは、

謙虚に学ぼう!

とする気持ちが

強かったけれど、

わかり出すと、

謙虚さが薄れて

驕りが出て

しまっていた

のかもしれない。

「できる、できる」

という気持ち

(驕り?)が、

「おかげさま」

の有難さを

感じにくく

してしまって

いたのだろうね…

むしろ、

「できる」ように

なったときほど、

謙虚さを忘れず、

「おかげさま」

の気持ちで

行動する方が

確実性が増す!

自分をさらに

より良い方向へと

導いてくれる声に、

耳を傾けることが

できるのだから…

そして、

謙虚に受け止め、

「おかげさま」

という神様に

敬意を払う。

そうすることで、

「しあわせ」を

感じることが

できるのだろう。

内田樹さんの著書、

『態度が悪くてすみません』

の一節「しあわせ考」

の言葉とシンクロした。

 「しあわせ」は

 古くは「仕合わせ」

 と書いた。

 それは「仕合はす」、

 つまり

 「物と物とを

 きちんと揃える」

 を意味する動詞の

 名詞化したものである。

 だから、

 「しあわせ」

 とは本来

 「合うべきものを

 ぴたりと出会う

 ようにする」

 という他動詞的な

 働きかけの"結果"

 を言ったのである。

 (中略)

 「しあわせ」の

 古義に含まれていて

 現代語訳から

 失われたものが

 あるとすれば、

 それは

 「しあわせ」が

 前提とした

 "手間ひま"であろう。

 「しあわせ」は

 「しあわす」人が

 いてはじめて

 もたらされる。

 「しあわす」という

 主体的意志と

 行動ぬきに

 「しあわせ」は

 到来しない。

 現代人にとって

 「しあわせ」は

 当人の努力や決意と

 かかわりなしに、

 「あちら」から

 来るものである。

 それは

 私の主体的関与

 ぬきにたまたま

 天から降ってきた

 ものであるから、

 長くは続かない。

 それは来たときと

 同じように

 不意に立ち去る

 だろう。

 (中略)

 そんなふうにして、

 私たちは

 「しあわす」

 という行為が

 存在することを

 忘れた。

やはり、

「おかげさま」

という神様は、

「しあわせ」

に感じることまでも

運び込んでくれる。

「しあわす」人と

合わせて頂ける

有難さまでも…

そして、

こちらが行動する。

「感謝する」

という行動と、

「合わす」

という行動を。

その結果、

「しあわせ」を

感じることが

できるのだから。

「俺が俺がの

 我を捨てて、

 おかげおかげの

 下で生きろ」

「実るほど

 頭を垂れる

 稲穂かな」

やっぱり、

「おかげさま」

という神様は

とても有難い!

(*^-^*)

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何度も、何度でも

昨日の夜は

本当に放心状態

だったのだなぁと

あらためて

思います。

ホントなら、

今のこの気持ちを

昨日の夜に

ブログに書いても

良かったのに…

(^-^;

やっと、

本来の自分を

取り戻せた

気がします。

( ̄▽ ̄)

というわけで、

24時間経った今、

あらためて

夜のブログ更新を

したい気分に

なりました。

(o^-^o)

昨日の出来事。

今朝のブログにも

書きましたが、

本当に精一杯、

でも、

イイ緊張状態で

リラックス

できました。

そんな稀代なこと

ができたのも、

他ならぬ

応援のおかげ。

何度も、

何度でも、

「ありがとう!」

の言葉を伝えても

足らないくらい、

感謝している。

その気持ちを

伝えたいと思う。

けど、実際に

伝えたなら、

「十分伝わってる…」

って思われるかな?

それでも伝えたい!

という想いがつのる。

話しは変わって、

一昨日、

ある患者さんの

ある疾患が

ほぼ治癒したので、

「卒業ですね!」

とお伝えしたところ、

感謝の言葉を

何度も何度も

伝えて頂いた。

「本当に良かったですね!

 大丈夫!お気持ちは

 十分伝わっていますよ」

とこちらが

お応えしても、

それでも、

お礼の言葉が

尽きませんでした。

さて、今日の自分。

その患者さんの

気持ちが

本当に良くわかる。

それほど

うれしく思うときは、

お礼や感謝の

言葉が尽きないもの。

そして、

この言葉を

伝えられても、

決してイヤに

思うことはない!

だったら!

やっぱり

伝えてしまおう!

ということで、

もう1度だけ

伝えました。

伝える言葉は

いつもいつも

同じです。

それは、

「ありがとう!」

という言葉。

心を込めて、

「ありがとう!」

を伝えました。

すると、

返ってきました。

「こちらこそ」

「とてもうれしい」

という言葉が

またまた、

何度も、

何度でも、

「ありがとう!」

の言葉が

あふれてきます。

でも今度は、

直接伝えず、

その気持ちを

心に抱き続ける

コトにしました。

いつまでも

「ありがとう!」の

気持ちを忘れずに

持ち続ければイイ!

本当は、その方が

大切なのかも

しれませんね。

伝えた回数より、

思い続ける日数

の方が。

(*^-^*)

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緊張の中でのリラックス

昨日、

自分にとって

大きな節目

というか、

とても重要な

チェックポイント

を通過した。

それに臨む前、

いつも以上に

緊張している。

でも、緊張で

「ガチガチ」

というのではなく、

イイ意味での緊張。

そういう緊張状態に

あったのは、

「これは大切!」

という精神的負荷が

大きく作用している。

と同時に、

これまでの経緯、

自分の準備や、

多くのサポートを

思えば、

気安く臨む気には

なれないから。

やはり、

何をするにも、

十分な準備が

あればこそ!

「これ位でいいや!」

という思いで臨むと、

どうしても気が緩む。

「十分に準備した!」

という自信を持ちつつ、

「不完全」な自分を

真っ正面から

受け入れて

臨む気持ち。

これがちょうど良い

緊張状態を

作り出したのかな?

とはいえ、

緊張している。

こんな時は

すべてを味方につけて、

臨もうとする。

そんな時には

やはり、

最も応援して

欲しい人の応援が

自分の力になる。

その応援が

あったからこそ、

本番では、

緊張の中での

リラックス状態、

いわば、

「フロー状態」

で臨むことができた。

本当に感謝している。

やはり、

人の応援は力になる!

自分の持つ最大限の力

あるいは、

それ以上の力で

臨むことができた。

それに、

一人で臨むことなのに、

ひとりじゃない!

っていう

気持ちにもなった。

この気持ちを忘れず、

人の心に感謝して、

今度は人を

応援する側の

人間であり続け

られるよう、

自分をさらに

磨いていきたい!

本当にありがとう!

(*^-^*)

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鏡の向こうの素敵な魔法

今日は、

素敵な魔法に

かけられた者の

ささやきです。

(* ̄ー ̄*)

「ガンバルっ!」の源

のおかげ!って

伝えたら、

「ガンバルっ!」の源

は荷が重いsweat01

「ガンバルっ!」の源

が頑張らないと!

なかなか難しい…

って。

(≧m≦)

大丈夫!

(o^-^o)

「ガンバルっ!」の源

は頑張らなくてもイイ!

自分を映す鏡で

いてくれれば、

こちらが

その姿を見て、

頑張ったり、

励ましたり

するのだから…

じゃあ、

その鏡が歪んで

映さないようにsweat02

って。

(*≧m≦*)

なるほどねっ!

この返答には

ホントに感心。

でも大丈夫!

o(*^▽^*)o

すでに、

鏡の向こうの

素敵な魔法に

かけられてるから…

ただただ素直に

自分の姿を

映していて

くれればいい!

鏡を見るたびに

素敵な魔法が

かけられている

自分の姿を

みることが

できるから。

いつでも、

どんな時でも、

たとえ涙を

流したとしても

「笑顔」になれる

とても素敵な

魔法にかけられて…

(*^-^*)

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走ることについて

 Pain is inevitable.

 Suffering is optional.

 (中略)

 「痛みは避けがたいが、

 苦しみはオプショナル

 (こちら次第)」

 ということになる。

 たとえば走っていて

 「ああ、きつい、

  もう駄目だ」

 と思ったとして、

 「きつい」というのは

 避けようのない

 事実だが、

 「もう駄目」か

 どうかはあくまで

 本人の裁量に

 委ねられている

 ことである。

 この言葉は、

 マラソンという

 競技のいちばん

 大事な部分を

 簡潔に要約

 していると思う。

昨日のブログ記事の

続きではありませんが、

ここ最近、

「感性を磨く」

という上での

「身体論」に

興味がありますので…

(o^-^o)

冒頭の言葉は、

村上春樹さんの著書

『走ることについて

 語るときに僕の語ること』

のまえがきに記されています。

なるほど!と

膝を打つ心地。

よく言われることですが、

「走ること」は

人生と同じだと

あらためて思います。

では、なぜ走るのか?

しかも長距離を。

村上春樹さんは

こう記しています。

「誰かに故のない

(と少なくとも

 僕には思える)

 非難を受けたとき、

 あるいは当然

 受け入れてもらえると

 期待していた誰かに

 受け入れてもらえ

 なかったようなとき、

 僕はいつもより

 少しだけ長い距離を

 走ることにしている。

 いつもより長い距離を

 走ることによって、

 そのぶん自分を

 肉体的に消耗させる。

 そして自分が

 能力に限りのある、

 弱い人間だということを

 あらためて認識する。

 いちばん底の部分で

 フィジカルに認識する。

 そしていつもより

 長い距離を走ったぶん、

 結果的には自分の肉体を、

 ほんのわずかでは

 あるけれど強化した

 ことになる。

 腹が立ったら

 そのぶん自分に

 あたればいい。

 悔しい思いをしたら

 そのぶん自分を

 磨けばいい。

 そう考えて

 生きてきた。」

精神と肉体。

いかにして

折り合いをつけながら

生きていくのか?

についての考え方

が示されている

ように思います。

私たちは、

頭で考え、

身体を使い

生きています。

頭で考えたぶん、

身体を使おう!

あらためて

そう思うのです。

さまざまな感性に触れ、

「いまを感じて生きる」

ために…

o(*^▽^*)o

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心地いい身体

「感性を磨く」

というのは、

"脳で感じること"

にとどまらない。

"身体に響く"

感覚というか、

"身体で感じること"

も非常に重要な

感性なのだと思う。

よく身体を

動かすようになって、

身体の声に

耳を傾ける

ようになった。

というより、

「心地いい!」

と感じる時は、

頭よりもまずは

身体の方であり、

身体が心地イイ!

と感じたからこそ、

「あぁ!これが

 心地いい感覚なのだ」

と理解するのだろう。

( ̄▽ ̄)

考えるのは脳、

でも、感じるのは

身体にある

五感の受容器が

とても重要!

感性を磨くには、

身体感覚を磨く

必要があるはず!

あらためて

そう思っていた

今日この頃、

内田樹さんの

『私の身体は頭がいい』

を読む。

「哲学」から

「身体論」に考えが

およぶようになるのは、

"自明の理"

だと思う。

その理屈が、

氏のあとがきにも

書いてある。

「哲学書なんかだと

 「わかりません」

 という読者に

 「ですからね…」

 と著者が身ぶり

 手ぶりで説明しても

 やっぱりぜんぜん

 通じないということ

 がありそうですけれど、

 身体論の本だと

 「ぜんぜん通じない」

 ということはありません。

 とりあえず

 「わ、すごい」でも

 「なんだ、ぜんぜん

  すごくない

  じゃないか」でも、

 読者の側では

 作物に対する

 きっぱりとした

 判断が可能に

 なるわけです。」

「考えること」

いわゆる、

"頭を動かす"

ことも、

"身体を使う"

ことなのだ!

ということが、

「身をもって」

感じることができます。

「心地いい!」

と感じるには、

「心地いい身体」

をつくること。

(o^-^o)

やはり、

「身体感覚を磨く」

ことが、すなわち、

「感性を磨く」

ことにつながるのですね!

o(*^▽^*)o

さて、みなさま

ご案内のように、

新型インフルエンザの

さらなる感染拡大が

懸念されています。

これは私見ですが、

季節性インフルエンザ

と同様の対応で

十分だと考えます。

過度に考えず、

冷静に対応する

ということ。

通常の予防策と、

病気に負けない身体。

さらには、

冷静な対応が、

大事に至らない

秘訣です。

「心地いい身体」

を維持するためにも。

どうか冷静に。

そして、賢明な

みなさまに

必ずご加護が

ありますように。

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音楽に包まれて

昨日は、

音楽を聴きながら、

読書に明け暮れた

休日らしい休日。

こんな日は

何時以来だろう。

GW中は、

自宅待機だったので、

仕事をしていた。

だから、

休日!らしい

休日を過ごした

感覚はほとんどない。

昨日は、

仕事を棚上げして、

朝から

モーツァルト。

そして、

『題名のない音楽会』

では、佐渡裕さんが

指揮する吹奏楽の演奏。

奏でられる

音を聴きながら

懐かしさが

こみ上げてきた。

ところで、

3月にパリに向かう

航空機内に佐渡さんが!

おなじ飛行機に

乗り合わせていた

偶然も思い出しました。

(゚▽゚*)

さらには、

クラッシック音楽

専門番組で

ハイドンも。

(* ̄ー ̄*)

音楽に包まれて

先週、書店で

大人買い?

してきた本を

次々と読み耽る。

その中には、

岡田光世さんの

『ニューヨークの

 とけない魔法』が。

先日のとても短い

ニューヨーク滞在を

思い浮かべながら

楽しく読み進めた。

本に触れて、

その土地を

訪れてみたい!と想う

気持ちもあれば、

その土地を

訪れた後に、

本で思い出を

想起する気持ちもある。

自分にとって、

前者が星野道夫さん

ご案内のアラスカであり、

後者が岡田光世さん

ご案内のニューヨーク。

とても素敵な描写に

再びニューヨークを

訪れたい!という

「魔法」にかかる。

(o^-^o)

すると頭の中では、

フランク・シナトラの

「New York, New York」が。

昨日は、1日中、

音楽に包まれた

久しぶりの休日。

今日から

6月中旬まで、

ほとんど休日の

ない日が続く。

(≧∇≦)

明らかに

スイッチOFFの昨日。

今日からは

スイッチON!です。

(*^-^*)

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ほどよく力が抜けて

時には、

風に吹かれるままに

身を委ねてみるのも

悪くない。

いつも、どんな時も、

「やらなきゃ!」

と自ら鼓舞していた

これまでの自分。

「弱くてもイイ」

「負けてもイイ」

むしろ、

負けることの方が、

本当に学ぶべき

コトが多い。

心の底からそう思える

ようになったここ数日。

素直に「負け」を認め、

自らを見つめ直す。

だって、

「勝つまで負ける」

のだから。

昨日は、

程好く身体の力が

抜けた状態で、

やるべきことを

淡々とこなした。

スイッチの

オン・オフだけでなく、

力の強弱までも、

意図して上手く

コントロールできれば、

相当な「脳力」。

まだまだ、

そんな境地には

達していないけれど、

心と身体の両方とも

うまく折り合いを

つけるのもきっと、

人生の修行なのだろう。

古来より、

仏道の大師は、

常人では到底

成し遂げられない

身体力限界の

荒行を自らに課し、

超人的な精神力を

求めた。

それもこれも、

「頭でっかち」

に振る舞うのではなく、

「心身一如」

であるがゆえに、

心も身体も鍛錬し、

自らの生きる道を

求め続けたから。

頭で考えても、

動くのは身体。

身体の声に

耳を傾けながら、

身体を上手く諭し、

導いていく。

時には力を

精一杯入れて、

時には力を

ほどよく抜いて。

そんなコトを

イメージしながら、

心地よい音楽に触れ、

心地よい風に

吹かれるままに

時を過ごすのも

イイものです。

(*^-^*)

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「ガンバルっ!」の源

大きな揺りもどしは、

やっぱり!

ポジティヴな方向に

加重がかかっている

ことを知る。

(「とても大きな揺りもどし」)

それでもまだ、

本調子では

ないけれど。

こんな時は、

余計なところに

力をかけない。

素直に受け入れ、

身を委ねる。

そして、

ゆっくりと

エネルギーを

たくわえる。

休火山の火口の

奥深くに眠る

マグマのように。

こんな時でも、

笑顔でいられるのは、

「ガンバルっ!」

の源があるから。

(゚▽゚*)

頑張れなくても、

調子がイマイチでも、

「ガンバルっ!」

の源さえあれば、

「大丈夫!」

って思える。

(o^-^o)

この

「ガンバルっ!」の源。

厳しくも優しくもある。

調子の良い時は

厳しく諭し、

調子の悪い時は

優しく慰める。

絶妙に、そして、

とても心地よく。

大切なコトは、

見守ること。

自分も、

そして、

自分の大切な人も。

見守っていますよ!

というサインを送れば、

見守られている!

という安心感を

感じ取ることができる。

「ガンバルっ!」

の源の存在が

確認できる

ということは、

こちらが見つめて

あちらが見守って

いるという証。

「なにもできないけど

 ずっとそばにいるよ」

(「弱くてもイイ!」)

この言葉だけで、

安心できる。

いつもいつも

頑張らなくてもイイ。

頑張れる時に

頑張ればイイ。

頑張れない時でも、

「ガンバルっ!」

の源があれば

きっと大丈夫!

o(*^▽^*)o

そんな

「ガンバルっ!」の源。

みなさんにも

きっとあるはず。

(*^-^*)

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とても大きな揺りもどし

ブログを開設して

ちょうど1年の昨日、

午後あたりから、

「何だかおかしい…」

という感覚に包まれた。

身体は健康そのもの。

でも、心が…

「あれ?来たかな?」

慌ただしかった

この2ヵ月分の

とても大きな

揺りもどし。

今回のは

ホントに大きな

揺りもどし。

昨日のブログ記事に

書いた通りのコトが

自分に当てはまった

のかな?

達成感が得られて、

脳がクールダウン

しようとしている

状態のよう。

「脳力を鍛えて」

それに、

「あれから1年」

という想いも

重なって、

とても切ない。

GW明けから、

カラ元気を

ブンブンブンブン

振り回し過ぎた

せいもあるのかな?

こんな時は

やり過ごすしか

ないのだろうね。

とても大きな

振れ幅でゆれる

「弥次郎兵衛」

だから…

ネガティヴな

方向に揺れても、

ここで下手に

バランスを取ろう

とすると、

むしろ倒れてしまう。

軸さえブレることなく、

揺れるがままに

揺れていてこそ、

安定するのだから。

心が折れないように

するには、焦らず、

先延ばし可能なことは

先延ばししてみよう。

「創造的な先延ばし」を。

そんな言い訳をしてる

現在(いま)の自分は、

自分にかなり甘い

のかもしれない。

でもね、

調子の良い時は、

頑張らなくても

頑張れる!

調子の良くない時は、

頑張らないと

頑張れない…

さらに調子の

良くない時は、

頑張ることすら

できない…

たまには

自分に甘えても

イイよね。

それに、

ネガティヴな方向に

揺れたというコトは、

次はきっと

ポジティヴな方向へ

揺れるはず!

軸さえブレなければ!

そんな自分を

しっかり観察しながら、

こんな「いま」も

大切にしよう!

「笑顔」でいれる

心の元気だけは

保ちながら。

そう!

「笑顔」で

「いま」を

大切に、大切に。

(* ̄ー ̄*)

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脳力を鍛えて

遅まきながら、

昨日の夜遅く

5月12日放送分の

『クローズアップ現代』

を観た。

「勝負強さは"脳"が決め手」

というタイトルで、

スポーツ選手が

オリンピックなどの

大舞台で、実力を

発揮できる可能性を

脳科学的に見たもの。

「ゴールが近い!

 と感じると失速」

これなどは、

その典型例。

「達成した」と

脳が勘違い?

(^-^;

でもそれは、

本来人間の体を

守るための機構。

その機構を理解して、

いかに上手く

自分に都合良く?

働かせるか!?

いかに脳を

だますか!?

(≧m≦)

それがコツでもあり、

脳力を鍛える!

ということになる。

(・∀・)

「やる気の問題」

といった精神論で

片付けてはいけない!

(≧m≦)

勉強やスポーツに

コーチがいるように、

脳にもコーチが

あってイイはず!

脳のからくりを

解明して、

こちらから、

脳にからくりを

仕掛ける!

いわゆる

脳科学的

バイオフィードバック。

( ̄ー ̄)ニヤリ

では、

最先端の機器を使わず

私たちでも応用可能?

はい!

可能だと思います!

(^-^)

それを可能にする

キーワードは、

「感じ方」。

なるほど!

と膝を打ち、

腑に落ちた

「感じ方」を

応用してみる。

「考え方」では

ないところがミソ!

(*^ー゚)b

その時に大切なのは、

「心地よさ」

だと思うのです。

「心地よさ」は

脳への報酬。

「心地イイ!」

って感じることは、

脳に定着しやすい

ですから。

その教材?には、

音楽や芸術は

とってもイイ!

と思います。

心地よい音楽

素敵な絵画など

心地よいものに

多く触れることが。

自分を変えるには、

まず、「感じ方」

を変える。

そして、

「心地イイ感じ」

を定着させる。

それができれば

ほめてあげる。

自分で自分を。

さらに、

笑顔が加われば、

もっと素晴らしい!

(o^-^o)

体力を鍛えるように、

脳力を鍛えることも

人生を豊かにする

コツなのかも

しれませんね!

o(*^▽^*)o

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ここにいるよ!

昨日の午後、

すこし遅めの

ランチを食べる。

食べ終わって、

構内を歩いていると、

自分の足下には

「ここにいるよ!」

と言わんばかりに、

四つ葉のクローバーが

こちらを向いていた。

すこし背伸びを

しているかのように、

他のクローバーよりも

すこし背の高い

四つ葉のクローバーを

見つけた自分は、

まるで、

「幸運をあなたに!」

と微笑んでいる

ようでもあり、

思わず摘んで

持って帰る。

(*^-^*)

四つ葉のクローバーは、

偶然見つけると、

幸運が訪れる!

という伝説は

よく知られているし、

このブログでも

触れたことがある。

(「あなたに幸運が訪れますように」)

四つ葉のクローバーが

幸運をもたらす。

「それってモノ任せ?」

かというと、

そうとは言えない

のじゃないかな?

2つの理由から。

1つは、

四つ葉のクローバー

を含めた

ラッキーアイテム

と呼ばれるものを

身近におくことで、

幸運が来そうな気がする!

って思えてくる。

幸せな姿を

イメージするって、

幸せに近づく一歩で、

とても大切な

ことなのですから!

(o^-^o)

もう1つは、

ラッキーアイテム

を持つようになると、

ちょっとしたことでも、

「ラッキー!☆」

と思えるようになり、

「**のおかげ!」

と感謝する気持ちになる。

つまりは、

よろこびの感度が

良くなると同時に、

感謝の気持ちを

持つ機会も増える!

ということ。

( ̄▽ ̄)

幸せを感じるためには

よろこびの感度を

麻痺させず、

よろこびの感度を

良好にしておくこと。

結局、自分で

自分の幸運を導く!

ということなのですね。

(゚▽゚*)

大切なことは、

どんなラッキーアイテム

を持つかというコト

ではなくて、

どんなラッキーアイテム

でも良いから

幸運なことを

イメージして

願い続ける!

ということ

だと思います。

これからも、

「あなたに幸運を!」

と願い続けながら、

「脚下照顧」

の気持ちを忘れず

精進します!

o(*^▽^*)o

みなさんの足下にも

幸運がきっとあるはず!

あなたに

たくさんの幸運が

訪れますように…

(* ̄ー ̄*)

P1000244

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「笑顔」と「いま」を大切に!

3週間ぶりの

月曜日の外来。

予想通り?

いや予想以上に

慌ただしかった。

でもなぜか

心はとても

穏やかだった。

焦ることなく、

慌てることなく、

とても穏やかに、

極めて順調に

終えることができた。

不思議なくらいに。

なぜだろう…?

ふと考えてみた。

そうだ!きっと!

(・∀・)!

思い当たるコトが

頭に浮かぶ。

昨日自分で

ブログに書いた

「いま」を大切に!

という言葉を

呪文のように

唱えていたら、

いつも以上に

「いま」を意識して

時を過ごすことが

できたのだった。

やる気に満ちて。

(o^-^o)

二度と戻らない

「いま」だから。

あらためて、

「いま」を

大切に想う。

それにしても、

やっぱり不思議。

(*≧m≦*)

もともと自分に

インプットされた

コトなのに、

自分がアウトプット

したものを、

あらためて

自分にインプット

することで、

自分に生かされる。

自分の想いを

書き出したり、

口に出したりして

意識する効用を

あらためて実感する。

そしてさらに、

「いま」を大切に!

過ごすために、

大切な人が教えてくれた

「和顔施」を思い出し、

「今の自分にできること」

「笑顔、笑顔」と

呪文のように

唱えていると、

自然に笑顔に

なってくる。

「笑顔」が座右の銘

である大切な人の

笑顔に癒され、

大切な人の笑顔を

思い浮かべると、

とても心が

穏やかになる。

すると自分も

笑顔になれる。

「笑顔、笑顔」

(*^-^*)

そんな「いま」を

過ごした昨日は、

とても充実して

いたように思う。

やっぱり大切なんだぁ。

「いま」も、

そして、

「笑顔」も。

o(*^▽^*)o

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もうすぐ1歳

「もうすぐ1歳!」

誰かの誕生日では

ありません。

このブログが、

もうすぐ1年を

迎えるのです。

だから、

このブログが

「もうすぐ1歳」

(^-^)

日記をつける

習慣のなかった自分が、

毎日欠かさず

自分の感性で

つづる日記。

いま想うと、

とても不思議です。

できちゃうものですね!

やろうと思えば…

(o^-^o)

とてつもなく

辛い出来事を

きっかけに

始めたブログ。

でも、

その辛さから

逃れようと思って

始めたのでは

ありません。

むしろ、

その辛さを受け止め、

向き合いながら、

前向きに「生きる」

ために始めたのです。

「感じて生きる」ために。

そして、

日々の感情を

味わい尽くし、

「いま」を生きている

という実感を

あらわすために。

私たちは、

二度と戻らない

「いま」という

一瞬を生きています。

過去は「いま」の積み重ね。

未来はこれから先の「いま」。

だからこそ、

「いま」を大切に生きよう!

過去も未来も「いま」が

自分の人生なのだから。

こう感じて

ブログを始めました。

ブログを開設した日

哲学者 芳村思風先生の

『生きるとは』

を記しました。

ここにあらためて、

 人間において生きるとは、

 何の為にこの命を使うか、

 この命をどう生かすか

 という事である。

 命を生かすとは、

 何かに命をかける

 ということである。

 命の最高のよろこびは、

 命をかけても惜しくない程の

 対象と出会う事にある。

『生きるとは』(芳村思風)

このブログに

触れて頂いた

みなさまにとって、

今日も素敵な1日で

ありますように。

今日も楽しい出来事が

たくさんたくさん

起こりますように。

そして、そんな

「いま」を大切に。

今日もありがとう!

o(*^▽^*)o

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「母の日」によせて

5月の第2日曜日。

今日は「母の日」

母の有難みに

想いをはせて

感謝の気持ちを

伝える日。

この世に自分を

生んでくれた母に

感謝します。

自分の大切な人を

この世に生んで

頂いたお母様にも

心から感謝します。

人はすべて

母のもとから

生まれ出ずる。

自分にも、

自分の大切な人にも

母がいたからこそ、

この世で

めぐりあえる

奇蹟を授けられた。

よろこびも

かなしみも

愛することも

辛いことも

それらはすべて

この世に生まれて

生きているからこそ

感じられること。

心から

「ありがとう」

の気持ちを贈ります。

そして、

心より祈ります。

いつまでも

お元気で。

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プラス1…?

最近、慌ただしく

過ごしていたので、

すこし遅くなって

しまいましたが、

ここで、

年始からこれまで

(四半期プラスα?)の

「1年の計」の反省を。

(^-^;

元旦に掲げた

2009年の計は、

「プラス1でいこう!」

o(*^▽^*)o

(プラス1でいこう!)

これまでを

振り返って、

確かに

「もう1歩、

前に進もう!」

という気持ちは

常にあり、

前へ前へと

進んでいる

ように思う。

(* ̄ー ̄*)

でもね、

「自分に関わる

すべてのコトに

『プラス1』を

添える想い」

が実際に

添えられているか?

というと、

すこし疑問が残る

ような気がする…

(≧m≦)

本当に、着実に、

「前に!」

進めているのだろうか?

(?_?)

まるで、

「前に、前に!」

という気ばかりが

焦ってしまって、

体がついていって

いないような…

(・w・ )

今回、

とても素敵な

贈り物を頂いて、

あらためて

思いました。

物だけでなく、

温かく優しい

心が添えられた

とても素敵な贈り物。

贈り物を贈る時、

いかに心を添えるか?

ということについて、

あらためて

「気づき」を

得ました。

自らを顧みて、

贈り物を選ぶ時、

確かに、

心を込めて選んだ。

まさに、

「プラス1」の

心を込めて。

じゃあ、

贈り物を贈る時、

果たして

「プラス1」の

心が添えられて

いただろうか?

「物を送る」

ことに気を取られ、

「心を贈る」

ことにまで、

果たして

気がまわって

いただろうか?

「贈ったつもり」に

なってちゃいけない。

「心を添えて贈る」

気持ちがとても大切。

「物を選んで送る」

のではなく、

「心を添えて贈る」

ことの大切さを

素敵な贈り物を

頂いて気づきました。

上手い下手の

問題ではなく、

器用不器用の

問題でもなく、

いかに心を添えるか!

現在(いま)の

自分にはこのことを

あらためて

考え直す必要が

あると思います。

自分に関わる

すべてのコトに

対して。

前に進んだ時、

自分の後ろには、

まごころのこもった

足跡が残せて

いるかどうか?

あらためて、

「プラス1でいこう!」

という心を省みながら

着実に前に

進んでいこう!!

o(*^▽^*)o

素敵な贈り物は、

ホントに素敵な

「気づき」までも

お贈り頂きました!

(゚▽゚*)

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花言葉! 香言葉?

「幸運が必ず来る」

「幸せをあなたに」

杜若の花言葉。

昨日、杜若を

ブログで紹介したのは、

そんな花言葉の

心も贈りたかったから…

昨年の春、

和菓子の『池汀美人』

のパッケージを見た時、

その素敵なネーミングに

思わず心が奪われた。

そして、

自分の心の中で仮想した

あるストーリーと

シンクロした。

美しい花の持つ

イメージが、

自分の想像を

大きくふくらませた。

『池汀美人』を

最初に手に取った時、

これは菖蒲かな?

と思っていた。

そんな時、

ふとしたきっかけで、

杜若の花言葉を知る。

「幸せをあなたに」

そのことを知った瞬間、

これだ!と思った。

そして、ある人に

心を込めて、

贈り物に添えて

『池汀美人』を

贈ったのだった。

人が人に

贈り物をする時、

贈る側が

うれしく思うのは、

相手によろこんで

もらえた瞬間と、

相手のことを想いながら

心を込めている瞬間。

それは、

よろこんでもらいたい!

という一心で

心を込める瞬間。

贈る相手を想う時に、

花言葉などの、

敢えて話さない

秘められた気持ちを

添えるのも、

とても趣深い。

昨日、心のこもった

美しい万年筆の文字が

並ぶお便りを手にした。

とても丁寧に書かれた

一文字一文字が、

とても温かく、

とても優しい。

心を込めて

書いて頂いたことが

よくわかる。

やっぱり、

心って伝わるものだね!

和紙の便箋には

菖蒲が描かれている。

それとも杜若かな?

きっと杜若だぁ!

いずれにしても、

杜若を想った日に

杜若が描かれた

便箋のお便りを

受け取る偶然に

ホントの意味で

サプライズ!!

そして心地良い

香りも漂う。

花には

花言葉があるように、

香にも

香言葉があるのだろうか?

きっとあるのだろう!

そんなよろこびを

味わえる瞬間は

まさに至福の時。

お贈り頂いた心で、

大きなよろこびを

感じることができました!

ありがとうございます!!

一昨日、

杜若に会いに行く途中、

つつじがとても

綺麗に咲いていました。

「愛のよろこび」

これは、

つつじが伝える言葉です。

P1000242

「幸せをあなたに」

P1000241

「愛のよろこび」

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やっぱり、ありがとう!!

「うれしーぃ!!」

ヽ(´▽`)/

「いゃっほぉーっ!!」

(*゚▽゚)ノ

アメリカ出張中に、

とてもうれしい

便りが届いていた。

よろこびの言葉を

かみしめた後は、

心落ち着けて

心のこもった

手紙の文字に見入る。

海外渡航中は

別にして、

今日は久しぶりに、

夜のブログ更新を

したくなる気分。

(*^-^*)

綺麗に整った

美しい万年筆の文字。

素敵な文字に触れて、

先日見た、とある

文章の一節を思い出す。

「手紙をもらうと、

 あったかくなる。

 ひとりじゃないんだ、って」

5月2日付けの日経PLUS1

に掲載されたPILOT社の

万年筆の全面広告。

「家に帰って、

 郵便受けをのぞく。

 新聞やダイレクトメールの中に、

 一通の手紙を見つける。

 宛名に書かれた、

 懐かしい友人の、

 懐かしい文字。

 その時の、なんだか

 ホッとする気分を、

 思い出して下さい。

 まだ封も開けていないのに、

 手紙も読んでいないのに、

 それでも、胸の奥から

 じんわりとするあの感じ。

 それは、手紙に

 つまっている時間の

 せいだと思うのです。

 便箋を前に、その人は、

 あなたのことを

 思い浮かべてくれた

 はずです。

 (元気かな?)

 (あんなこと言ってたな)

 (こんど、いつ会えるかな?)

 ペンを走らせている間、

 その人の心には、

 あなたがいた。

 その時間を感じるから、

 手紙をもらうと、

 人はうれしいのだと

 思うのです。」

つい先日読んだ

文章通りの心地。

手書きの美しい

万年筆の文字に触れて

心がとてもとても

温かくなりました。

こんな時は、

やっぱり、

「ありがとう!」

という言葉しか

思い浮かばない。

心の底から、

「ありがとう!」

という気持ちが

わいてきて、

たちまちあふれ出し、

とどまることを

知らぬように。

やっぱり、

「ありがとう!」

この言葉に

まさる言葉が

見つけられません。

(* ̄ー ̄*)

本当に本当に

「ありがとう!」

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池の汀に凛と咲く

昨日の午前、

外出禁止が

解かれたような

心地で外に出る。

曇り空に

時折降る雨。

初夏という気候では

なかったけれど、

季節は確実に

移ろっている。

この時期になると、

「池汀美人」という

和菓子に会いたくなる。

自分にとってはとても

思い入れの深い和菓子。

"池の汀に凛と咲く美人”

いわゆる「杜若」のこと。

それにしても、

とても素敵なネーミング。

鶴屋吉信の季節菓。

この時期のお茶席に

よく出される

和菓子の1つ。

まさに季節感

あふれる姿形と

ほどよい口当たり。

何よりも

パッケージが

とてもイイ!

昨日ようやく

「池汀美人」

を口にする。

すると、

池の汀に凛と咲く

本物の「杜若」に

会いに行きたくなった。

そこでは、

池の汀に

すっと立ち、

鮮やかな紫色した

綺麗な花が

凛と咲いている。

季節が移ろい、

時が移ろいゆく中で、

ある時期になると

自分たちの目を

楽しませてくれる

花々たち。

自分という人間が

変わり続けても、

こうした花々を

愛でる気持ちは

いつまでも変わらず

持ち続けていたい。

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プロフェッショナルな仕事

昨日、

2008年1月に

放送された

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』の

「イチロースペシャル」

の録画を観た。

2008年1月に

放送された時と

再放送された時の

2回しか観ていなかった。

これまで、何度も

観るチャンスはあったが、

なぜか観なかった。

そして昨日、

あらためて観た。

そして今朝も、

あらためて観た。

実際にイチローを

生で見たがゆえに、

その姿で示すところが

よくわかる。

現在(いま)の彼が

プロフェッショナルとして

目指すものは、

「目に見えない、何か」

と言った。

それは、

自分との闘いに加え、

他人との闘いに挑む

重圧の中で、

さらにもがき苦しむ姿。

それを越えた先にある

何かが今は見えていない

のだという。

でも、もがき苦しむことで

その「何か」が見えてくる

と信じているとも言った。

その姿を見て、

未だ自分との闘いに

挑んでいる自分を

見つめ直す。

先を見つめながら、

自分のすべきコトを

淡々とやり続ける。

苦しみ、もがきながらも。

そしてイチローは

こうも言った。

「プレッシャーから逃げない」

「重圧を自らにかける」と。

今の自分はどうだろう…

すぐに答えの出るものでは

ないのだろうけれど、

常に自分を見つめ直しながら、

軌道修正をしていく。

そんな思いを強くした。

まさに、「プロ中のプロ」

だからこそ感じるもの。

イチローの姿に、

「プロフェッショナルな仕事」

というものを強く感じた。

そして、

ぼやっとではあるけれど、

自分の新たなステージが

何となく見えてきた

ような気がした。

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やっぱり、大丈夫!

今、あらためて…

「やっぱり、大丈夫!」

だと言える。

( ̄▽ ̄)

1つは、

帰国後の体調のコト。

そして、

もう1つは、

昨年の昨日(5月4日)も、

今年の昨日(5月4日)も、

大丈夫!と

思えているコト。

昨年のGW。

自分の状況を愚直に

受け入れつつも、

すこし抗う気持ちも

わいてきて、

「弥次郎兵衛」

のごとく、

気持ちが右に左に

大きく揺れていた。

揺れている瞬間は、

自分って、何て弱い

人間なんだろう…

と思いはしたが、

よく考えてみれば、

揺れることで、

最終的には

立つことが維持される。

外からの影響を受けて、

揺れ幅の大小はあっても、

最終的には

立っていることができる。

だから、

揺れててイイんだ!

そう思えた瞬間、

「大丈夫!

 これならやれる!!」

そう確信した。

「こうでなければ!」

という気持ちが、

自分を苦しめていた。

「こうありたい!」

という素直な気持ちに

切り替えた途端、

心がとても楽になった。

自分に素直であればイイ!

(o^-^o)

昨年の5月1日。

自分の心の中で

大きな誓いを立てた。

未だに、

その誓いのごとくには

到っていないけれど、

自分を信じて、

「大丈夫!」

だと言える。

それは決して、

「できる!」という

自信ではなく、

「やろう!」とする

自信があるから。

目標に到達するには、

まだまだ

足りない部分が多い。

でもそれは、

「学びて然る後に

 足らざるを知る」

のごとく、

学べば学ぶほど、

やればやるほど、

自分の不十分さを

思い知るのだから。

足らない!と知って、

自分の未熟さを知り、

自分も弱さも知り、

正直、愕然とするけれど、

やろう!と前向きな

気持ちになっているだけ、

「大丈夫!」

だと思える。

だから、

「やっぱり、大丈夫!」

o(*^▽^*)o

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今日も どこかで

帰国後、

自宅でゆっくり

過ごす日が

続いている。

体調に変化はなく、

むしろ良好で、

しかも、

外出を禁止された

わけではないので、

朝のランニングは

続けているけれど。

(^-^)

それでも、

念のために、

人混みには

出かけない。

帰国後5日間の

明日までは。

ところで、

帰国直後は、

時差ぼけはない!

と思っていたが、

正午前後に

とても眠くなるのは、

どうやら時差ぼけ?

(≧m≦)

こちらの正午は、

あちらの深夜だから…

(^-^;

昨日の午前、

部屋に差す

暖かい陽射しを

浴びながら

本を読んでいると、

とても眠くなり、

気づかないうちに

うたた寝をしていた。

(-.-)zZ

そして、

どこからか聞こえる

ある歌で目が覚めた。

小田和正さんの

『今日も どこかで』

「めざましテレビ」の

テーマソングだったから、

寝ぼけ眼で思わず朝?

と思ってしまった。

(*゚ー゚*)

それにしても、

とても心地良い歌声。

そして、

とても心に沁みる歌詞。

あらためて、

歌詞をかみしめながら

耳を傾ける。

♪気付かないうちに

 助けられてきた

 何度も 何度も

 そして これからも

 数え切れない

 やさしさに

 出会ってきた

 懐かしい 笑顔が

 浮かんでは 消えていく

 誰かが

 いつも君を見ている

 今日も どこかで

 君のこと 思っている

 めぐり合って

 そして

 愛し合って

 許しあって

 ぼくらは

 つながっていくんだ♪

昨年のGWは

全くと言ってイイほど、

食事が喉を通らず、

眠ることもできず、

ただ仕事だけはできた。

全ては自分の所為。

自分を見つめ直し、

自分を変えようと

必死にもがいた。

まさにハングリーに。

その時はとても

辛かったけれど、

愚直に受け止め、

がむしゃらに

求めていたあの時が

何だか懐かしい。

でも、心の中で

「今日も どこかで」

誰かが見ている

と感じることで、

安心できたのだろう。

その想いだけは、

現在(いま)も変わりない。

そう感じた昨日の午後、

天から見守って

くれているであろう

ある人のもとへ

手を合わせに出かけた。

そこでは、とても

心地良い風が吹いていた。

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一目見たい!という思いを…

帰国して、

ようやく昨日

『プロフェッショナル

 仕事の流儀』

の録画を観ることが

できた。 (^-^)

今回のゲストは、

文化財輸送の

エキスパート

海老名和明さん。

海老名さんを

はじめとする

プロジェクトチーム

のおかげで、

先日自分も

東京国立博物館で

阿修羅立像を観る

ことができたのだ。

その精緻な仕事は、

博物館を訪れる人

みんなが思う、

「一目見たい!」

という思いを

かなえるために、

恐怖を真摯に受け止め、

恐怖と前向きに

向き合う姿勢が

成しえた結果なのだ。

プロフェッショナルとは?

の問いに、

「仕事に対して逃げない」

と言われた。

当たり前と思える

「逃げない!」

という態度は、

簡単なようで、

実は大変難しい。

適当に?こなすことも、

たしかに仕事した

ことにはなるが、

実は逃げている。

恐怖を含めた

プレッシャーを

克服したという自信を

持てた仕事だけが、

逃げずにやり遂げた

仕事なのだろう。

仕事のスタイルは

人それぞれあるけれど、

いついかなる状況でも

前向きに仕事に

向き合う姿勢は、

プロフェッショナルと

呼ばれる人たちに

共通している。

そして、

さらに共通しているのは、

やり遂げた後の、

笑顔が素敵なことも。

(o^-^o)

P1000009

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共感してる!

おはようございます!

(*゚▽゚)ノ

とても気持ちの良い朝。

時差ぼけもなく、

清々しい朝を

味わっています。

(* ̄ー ̄*)

今回の旅を振り返って。

慌ただしい時間の

合間を縫って、

美術館で素敵な

作品を満喫できた

ことが大きな収穫です。

特に、

シカゴ美術館での

ジョルジュ・スーラ

『グランド・ジャット島の

 日曜日の午後』

なんて、

門外不出だから

そこでしか

味わえない作品

ですからね!

(*^-^*)

この作品は、確か

以前に液晶テレビの

CMで使われていた

のですよね?

「印象派」の作品が

大好きな自分としては、

スーラの作品に

触れることができた

とても素敵な瞬間でした。

ところで、

自分は美術館では、

自分ひとりのペースで

作品を鑑賞します。

でも、なぜか?

一人なのに

一人じゃない

感覚に包まれます。

ある対象物を

同じように見て、

同じように感じる。

まさしく、

「共感してる!」

っていう感覚に

包まれるのです。

それは、

2000年にパリの

街を一人で10km以上

散策した時に

強く感じました。

それ以降、

たとえ一人でも

一人じゃない

感覚に包まれるのです。

今回もそう!

とても不思議ですね。

そして、

「共感してる!」

って感じることで、

心が穏やかになり、

安心できるのです。

( ̄▽ ̄)

「共感してる!」

って誰と?

(?_?)

それは…

(o^-^o)

自分の大切な人が

大好きな、スーラの

『グランド・ジャット島の

 日曜日の午後』

を再掲します。

とても大きな作品で、

その感覚を

味わって頂くために、

可能な限り大きく

載せてみました。

PCでご覧の方は

作品をクリックして

拡大してご鑑賞下さい。

(*^ー゚)b

そして、

この作品のように、

穏やかで素敵な休日を

お過ごし下さいね!

o(*^▽^*)o

P1000199

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ただいまぁ!

成田に到着しました。

ヽ(´▽`)/

到着後、

帰国の機内で

放映されていた

NHKニュースのごとく、

30分程度の機内検疫。

機内で健康状態を

問う質問票が配られ、

記入した質問票を

検疫官が確認する

作業とともに、

サーモグラフィーで

発熱の確認をする

という検疫です。

ニュースを

見る側でなく、

ニュースで

報道される側に

まわるとは、

出国時に思いも

しませんでした…

(^-^;

ただ、

念には念を入れて、

GW中は

自宅待機です。

人混みにも出かけません。

( ̄ー ̄)

体調は心身ともに

健康ですが!!

(o^-^o)

もともと

GW中は大学で

仕事をする予定で、

出かける予定は

全くありませんでした。

仕事の場所が

大学から自宅に

なるだけです。

ヾ(´ε`*)ゝ

GW中は

公的な自宅待機。

仕事もさることながら、

日頃読めずに

積んである本を

読みあさりたいと

思います。

( ̄▽ ̄)

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シカゴ美術館

「イチローの仕事」

を観た後は、

西洋美術に触れました。

シカゴ美術館で。

(゚▽゚*)

印象派の絵が多く、

モネ、ルノワール、

ミレーやセザンヌ、

さらには、ゴッホも。

それから、

スーラの

『グランド・ジャット島の

 日曜日の午後』は

門外不出のため、

シカゴ美術館でしか

見られない作品。 (*゚▽゚)ノ

それぞれの名画を

心ゆくまで

満喫しました。

(o^-^o)

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