「目からウロコの愛の心得」
七夕の夜。
仕事の合間に
窓から空を
見上げて、
雲間から
姿をあらわす
まん丸の
月を見る。
本来なら、
キレイな星空に
願い事を…
と言いたい
ところだけど。
昨日の七夕は、
満月に向かって
願い事を
そっとつぶやく。
願うことは
ただ1つ。
「大切な人の
願い事がどうぞ
叶いますように」
ふと、最近心に
ひっかかっている
言葉が浮かぶ。
「『愛する』
というのは
「相手の努力で
私が快適になる」
ような人間関係
ではなく、
「私の努力で
相手が快適になる」
という人間関係
を築くこと
なのである。
それ以外の
どのような
人間関係も
『愛』という
言葉には値しない。
私はそう思う。」
(内田樹 『子どもは
判ってくれない』)
ポイントは2つ。
「相手が快適になる」
ということと、
「そのために
『私』が努力する」
ということ。
「恋は求めるもの
愛は与えるもの」
というのは、
よく聞くフレーズ。
何を与えるか?
ばかり考えても
『愛』とは言えない
のじゃないかな。
「相手が快適になる」
には与えないことを
与えることもある。
(やはり「与える」こと)
1つは「しない」
という意味で、
もう1つは
「受け入れる」
という意味。
「受け入れる」
には「許す」
も含まれる。
『愛する』とは、
「相手が快適になる」
ことなのだから。
大切なコトは、
その前提に、
必ず、
「『私』の努力」
が存在する
ということ。
「『愛』が足りない」
というのは、
「『相手』の努力が
足りない」のではなく、
「『私』の努力が
足りない」という
ことなのだと思う。
「『私』の努力」
が大切なのだ!
ということが
今あらためて
心に強く
ひっかかっている。
愛が足りない?
それは、
まだまだ
自分の努力が
足りてない
のでしょう…
( ̄○ ̄;)!
| 固定リンク
« 七夕の夜に | トップページ | 「死ぬかと思った」 »

コメント
こんばんわぁ
自分は、愛情って、無償の愛だと思っております
与えるものでも、与えられるものでもなく
許すものでも認めるものでもない
自己完結するものが、愛情かなあと、思うのです
恋愛はまた違いますけどね(笑)
自分を愛すれば、与え、与えられる、という段階からステップアップできると思いますよん
ひさsanが足をとめて花を眺める時と、誰かをいとおしく想ったりする時と、同じような気がします
自分がそう思うようになるまで、時間かかりましたし、まだまだ未熟者で、色々な感情が交差するのも本当のところですが
でも、まぁ、なんでしょう
自分の意志に反することがあったり、予想と違う結果となっても
それが良い結果でも悪い結果でも
笑顔で、穏やかに受けとめて、次に進めればいいですね
おつかれさまでした! 明日も
エガオで!! がんばりましょう!
投稿: suwanagano | 2009年7月 9日 (木) 23時49分
suwanaganoさん、いつもコメントありがとうございます!
「自分は、愛情って、無償の愛だと思っております
与えるものでも、与えられるものでもなく
許すものでも認めるものでもない
自己完結するものが、愛情かなあと、思うのです」
御説ごもっとも! (゚▽゚*)
恋愛の愛と混同してしまっていたようです… (*v.v)。
さらに、
「自分を愛すれば、与え、与えられる、
という段階からステップアップできると思いますよん」
という指針まで! (≧∇≦) ありがとうございます!!
「ひさsanが足をとめて花を眺める時と、
誰かをいとおしく想ったりする時と、同じような気がします」
そうなのでしょうか? きっと、そうなのでしょう!!
「自分の意志に反することがあったり、予想と違う結果となっても
それが良い結果でも悪い結果でも
笑顔で、穏やかに受けとめて、次に進めればいいですね」
昨日まさに、頂いたコメントの通りでした。(≧m≦)
そんな素敵な偶然にもすこし驚いています…
いつもいつも素敵なコメント
本当にありがとうございます!!
今日も笑顔で頑張りますよぉ o(*^▽^*)o
投稿: ひさ | 2009年7月10日 (金) 07時02分