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2010年6月

よい循環を!

残念ながら、

決勝トーナメント

1回戦で日本が敗れた。

(。>0<。)


でも、

本当にパラグアイ相手に

0−0でよく健闘した!!

(゚▽゚*)


日本サッカーが世界に

通用するところまで

成長したことを世界に

証明する戦いだった。

(* ̄ー ̄*)


誰かだけが頑張る

というのではなく、

一人の頑張りが、

他の選手の刺激になり、

頑張りの連鎖を生む。

まさしくよい循環。

(*゚▽゚)ノ


サッカーだけに限らず、

他のスポーツや、

自分たちの仕事、

さらには日常でも同じ。


誰かの仕事ではなく、

自分の仕事として

動くこと。

そんな勇気と元気を

与えてくれた。


サッカーワールドカップ

日本選手おつかれさま!

本当にありがとう!!

o(*^▽^*)o


日本に住む人々に、

世界に住む日本人に、

ますますよい循環を

もたらしますように…

( ̄ー ̄)

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開いてる?閉じてる??

蒸し暑さを感じる夜。

エアコンなしでは

寝苦しくて眠れない…

(゚ー゚;


いつからだろう?

夜寝る時にエアコンが

当たり前になって

しまったのは??


その状態に慣れてしまう

と、人はなかなか

その状態から脱却

できなくなってしまう。


「場」というか、

環境も同じ。

その「場」では、

当たり前のことでも、

他の「場」では、

当たり前ではない。


さらに「場」は、

人の感性までも

鈍くあるいは、

鋭くする力を持つ。


「場の力」と感性に

ついて、こんな

記述がある。


「都会だと、目に入る

ものは刺激が強いし、

耳から入ってくる音は

うるさいし、臭気も

気分の良いものでは

ないし、身体に触れる

刺激もとげとげしい

ものばかりでしょう。


それなら、自己防衛上、

視覚情報も聴覚情報も

遮断して、五感の感度を

下げるのは当然なわけ

ですよ。身体感度を下げて、

プロテクションを固めて、

都会の不快な感覚情報の

入力を遮っている。


そうやってきりきりと

引き締まった状態で

学校や職場にたどり着く。

目的に着いてちょっと

ホッとして、ようやく

鎧を解くといっても、

なかなかすぐには

解き切れない。


だけど、岡田山で

暮らしている寮生たちは、

ここで暮らしている限り、

目障りなものは

目に入らない。


聞こえるのも鳥の

さえずりと音楽学部からの

ピアノの音が聞こえて

くるくらい。そこで

四季折々の草花の

香りに包まれている。


こういう低刺激環境に

いると、身体感度を

かなり上げても、

それによって不快な

入力を浴びるリスク

がない。だから、

いつのまにか感覚の

回路が全開してしまう。」

(@内田樹 釈徹宗

『現代霊性論』)


感性の回路を閉じること

で、不快な情報を

遮断し、自分の身体を守る。

その分、コミュニケーション

能力が著しく低下する。


昨日のブログに

書いたように、

共同体の中で、

「理解や共感」を得るには

「儀礼」が大切。


でも、

感性の回路を閉じていると、

「儀礼」を守ることすら

考えが及ばなくなる。


自分にとって

感性の回路が開くような

適切な環境に身を置き、

「儀礼」を守ることで

はじめて、「理解や共感」

が得られるように

なるのだと思う。


適切な環境に身を置く

こと、あるいは、

自分のまわりの環境を

快適にすること。

それが感性にとって

重要なことなのだと

あらためて思う朝。

(* ̄ー ̄*)


今日も元気に

がんばっていこう!

o(*^▽^*)o

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親しき仲にも「儀礼」あり!?

昨日の夕方、

どうしても気にかかる

ことがあった。


言葉の言いまわしといえば

それで済んでしまうコト

なのかもしれないけれど、

その背景が…

(゚ー゚;


言葉とは、

マナーつまり礼儀を

示す上でとても重要な

役割を示すモノなのに、

その言いまわしが…

う〜ん

(≧m≦)


「親しき仲にも礼儀あり」

という箴言があるけれど、

礼儀をつくすということは、

マナーであり、

儀礼なのだと思う。


そう思った時、

内田樹さんのブログ記事に

こういうのがあったなぁ

と思い出した。

その一部を採録します。


「どうして、

もっと『さらり』とした、

敬意をもって互いを遇し、

ていねいに配慮し合う、

気分のよいカップルを

取材されないのであるか。


その理由は

メディアの諸君もまた

男女関係を『理解と共感』

の上に基礎づけようと

しているからである。


愚かなことである。

人間の共同体は個体間に

理解と共感がなくても

機能するように

設計されている。

そのために言語があり、

儀礼がある。


人間の生理過程が

『飢餓ベース』であり、

共同体原理が

『弱者ベース』で

あるように、親族は

『謎ベース』である。


親子であれ配偶者であれ、

『何を考えているのか

よくわからない』まま

でも基本的なサービスの

供与には支障がないように

親族制度は設計されている。


成員同士が互いの胸中を

すみずみまで理解できて

おり、成員間につねに

愛情がみなぎっている

ような関係の上ではじめて

機能するものとして

家族を観念するならば、

この世にうまくいっている

家族などというものは

原理的に存在しない。


原理的に存在しえない

ものを『家族』と定義

しておいて、その上で

『家族は解体した』とか

『家族は失われた』と

いうのはまるで

ナンセンスなことである。


変わったのは家族ではなく、

家族の定義である。誰が

変えたか知らないけれど、

ほんらい家族というのは

もっと表層的で

単純なものである。

成員は儀礼を守ること

を要求される。

以上。

である。


それを愛だの理解だの

共感だの思いやりだの

とよけいな条件を加算

するから家族を維持

することが困難に

なってしまったのである。


現在、家族を形成して

いる方々は総じて

たいへん不満顔である。

家族間に理解がない、

愛がない、共感がない、

価値観が一致しない、

美意識が一致しない、

信教が一致しない、

政治イデオロギーが

一致しない…

だから『ダメ』なんだ

と結論する。


そのような条件であれば、

この世に幸福な家族が

ひとつとして存在しなくて

当たり前である。


家族の条件というのは

家族の儀礼を守ること、

それだけである。

それがクリアーできて

いれば、もう

オッケーである。


朝起きたら

『おはようございます』

と言い、誰かが出かける

ときは『いってきます』

『いってらっしゃい』

と言い、誰かが帰って

きたら『ただいま』

『おかえりなさい』

と言い、ご飯を食べる

ときは『いただきます』

『ごちそうさま』と言い、

寝るときは

『おやすみなさい』と

言いかわす。


家族の儀礼のそれが

全部である。

それができれば愛も

理解も要らない。

私はそういう意見である。

家族の間には愛情も

理解も不要である。


必要なのは家族の儀礼に

対する遵法的態度である。

家族と言ったって、

ほんとのところは

『よくわからない人』

である。とりあえず

わかっているのは、

『この人もまた私同様に

家族の儀礼を守る人だ』

ということだけである。」

(@内田樹

「そろそろ春だけど」)


儀礼を守ること。

これは共同体の最小単位

の間でこそ、最も重要な

コトなのだと思う。


それを示す言葉や態度

にも気を配りながら。

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人が未来を語る時

昨日、出張先から

医局へ直行。


半期に一度のセール!

ならぬ棚卸し?

リサーチミーティング。

(≧∇≦)


経過報告と今後の展望、

そしてブレインストーミング

(* ̄ー ̄*)


人が現況を語る時、

素直にそして冷静に

「今」を話す。

人が未来を語る時、

とても熱く

「夢」を話す。


「しなければならない」

コトを報告するのではなく、

「こうしたい」と思う

コトを話すのだから、

積極性が強く感じられる。


熱く語るからこそ、

人の心を動かし、

未来が現実に近づく。


「こうしたい」と思う

コトは、思い続けること。

そして、言い続けること。

それがまず、

実現への第1歩。


さらにその時、

自分が熱くなる思いが

あれば、自分で自分の

背中を押すエネルギー

になり、人の賛同を

集めるエネルギー

にもなる!


未来を見つめて、

「今、ここ」にある

時間を大切に過ごす。

熱いハートとともに。


そうすれば、

自分が語った未来が

「今、ここ」となる!

きっと。

o(*^▽^*)o

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同じ頃、同じ場所にいて

人は同じような時期に

同じような場所にいて、

同じような気持ちに

なる時と、これまでと

全く違った気持ちに

なる時があるもの。


あの時の気持ちに

戻りたい!と思って

同じ頃、同じ場所に

行くとする。


「あの時は…」

などとその時の気持ちに

帰る瞬間が来る一方で、

自分自身の変化を

あらためて気づく瞬間

にも出会うことがある。


自分は今、偶然、

昨年の今頃と同様、

同じ場所にいる。

でも、

昨年とは違う。


やっぱり人は変わる。

人の気持ちも、

取り巻く環境も。


大切なのは、

変化に対応すること。


それは、

変わる環境の中で、

変えていくことと、

変わる環境の中で、

変わらずにいること。


「あの時はこうだった」

ということは、

「今はこう」というコトを

示す言葉じゃない。


大切なのは、今、

どう振る舞うか。


同じ頃、同じ場所にいて、

あらためてそう思う。

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本当におめでとう!!

ワールドカップ

日本勝利!!

ヽ(´▽`)/


そして、

決勝トーナメント進出!!

(゚▽゚*)


本当に、

本当におめでとう!!

日本選手の健闘に

心からの祝辞を贈ります。

(* ̄ー ̄*)


朝3時に起きて観戦。

今回の試合は、

いろいろなことを

教えてくれました。


時間をかけて、

コツコツと技術を磨き、

精神力を高め、

結束力を強くした者が

勝利を手にすることが

できるのだということ。


努力は実る!!

あらためて確信しました。


さらに、

目先の評価はやはり、

ほとんどアテにならない

というコト。


ワールドカップ直前の

テストマッチ4連戦を

終えた時の評価では、

今大会の結果を確信を

持って予想し得た人は

ほとんどなく、

祈るような気持ちで、

日本の勝利を口に

しただけであったろう。


でも、

真の実力を信じること。

それは、その実力を

持つに至る努力を

していたからこそ!


今大会の日本選手の健闘は、

自分を信じ、地道に努力する

コトの大切さをあらためて

自分に教えてくれました。


おめでとう!日本選手!!

おめでとう!!日本。

そして、

ありがとう!!!

o(*^▽^*)o

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「一流」の集団

ワールドカップも

半ばにさしかかり、

各組で1次リーグ突破

を果たしたチームが

出そろいつつある。


日本も1次リーグ

突破をかけて、

日本時間の25日

午前3時30分に

デンマーク戦を迎える。

日本選手の健闘を

祈ってやまない。


ところで、

今大会は特に、

チームプレイの大切さを

思い知らされる。


個人技が優る選手の

集団であっても、

「チーム力」がなければ、

勝つことはできない。


あらためて、

「組織力」の強さが

勝負の行方を大きく

左右するのだと痛感

させられる。


個人が持てる力の

100%を発揮しても

集団として統率が

取れなければ、

その本来の強さは

発揮されないことが、

勝負の世界でまざまざ

と見せつけられた

ように思う。


斎藤孝さんの著書に

『「一流」をつくる法則』

があり、これは、

個人が「一流」になる

ことは重要であるけれど、

その「一流」をつくる

集団が大切なのだと

全体を通して読み取る

ことができる。


つまり、

「一流」の集団とは、

「一流」の個人が集まった

ものというよりはむしろ、

「一流」の個人をつくり

出す集団なのだと

いうこと。


集団の中で、個人個人が

自分を磨き、「一流」に

育つ環境を整えることが、

「一流」の集団である

ということ。


これまでは、

個人個人の個性や

能力が重視されて

きたように思うけれど、

これからは、

集団の中での個人に

重きがおかれるように

なってきたのだと思う。


それは決して、

全体のバランスを取る

ように個人個人の競争を

抑えるのではなく、

集団に属しながら、

個人の能力を最大限に

伸ばすことができる

集団をつくり上げる

というコトなのだろう。


最近の内田樹さんの

ブログ記事にこういう

記述があった。


「上野さんと私の

対立点は『共同体』構想

をめぐってのものである。

どのような共同体が

望ましいかについての

私たちの考えは

ずいぶん違う。


私は親族共同体をベースに

考え、上野さんは親族を

離れた個人をベースに

考えている。分岐する

理由は私にはよくわかる。


個人ベースの共同体論は

『豊かで安全な社会』

に適している。

親族ベースの共同体論は

『豊かでも安全でもない

社会』に適している。

理論そのものに当否が

あるのではない。

私と上野さんでは、

社会状況の変化について

の見通しがいささか

違うだけである。


私は今の日本は

『それほど豊かでも

安全でもない社会』に

(ゆっくりとではあるが)

移行しつつあると

考えている。


でも、

これは『未来予測』

であるから、

私が正しい予測を

立てているかどうかは

今の段階ではわからない。

時間が経たないと

わからない。でも、

時間が経てば

誰にでもわかる。


時間が経たないと

わからないことについて、

今ここでその予測の

適否を論じても

しかたがない。


適否を論じる暇が

あったら、とりあえず

『あまり豊かでも

安全でもない社会』

でも生き延びられるように

自分なりの備えをして

おく方が時間の使い方

としては合理的だろう

と私は思う。」

(@内田樹

「論争について」)


あらためて、

個人から見た集団

というよりも、

集団から見た個人

という観点で、

個人も、集団も

見直しながら、

「一流」の集団を

つくり上げることに

力を注ぐことが

大切なのだと思う。

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「人は自分の心の鏡」

「どうしてここまで

言わなきゃいけない

のだろう…」

(≧m≦)


そう思いながら、

えもいわれぬ精神的な

疲労感に包まれた

昨日の夕方。


どうしても腑に落ちない

ことがあり、対案と

その資料を携えて上司

でもある先生のもとへ。


結局は自分の主張が

認められ、話はついた

のだけれど、終わった後、

本当にえもいわれぬ

疲労感に包まれた。

(。>0<。)


こういうときこそ、

客観的立場に立って

物腰柔らかに、

穏やかに話さなければ

ならない。いくら

相手の物言いにカチン!

とくることがあっても…

(゚ー゚;


つまるところ、

非常に偏った考え方で

話を押し進めようとした

ことが、今回の騒動?の

きっかけで、自分がその

矢面に立って、指針を

変更する議論をした。


自分の主張が全面的に

認められる結果になっても、

論破したとか自分が正しい

なんて、これっぽっちも

思ってはいない。

本当に、本当にひどい

疲労感に包まれた。


その後も、自分には

為すべきことがあり、

忙しいほど気が紛れるし、

自分が主張した以上、

自分の言動に不一致が

あってはいけない!

そう思ってひと頑張り。

o( ̄ー ̄)o


それでも、昨日の

夜はひどい疲労感に

包まれながら帰路についた。


帰る道すがら、

ある言葉を思い出した。

それは、

「人は自分の心の鏡」


これは、先日読了した

丹羽宇一郎さんの

『若者のための仕事論』

にあった言葉。


「すなわち、人は

自分の心の鏡である

ということです。


上司の立場からすると、

部下を育てるには

三つの基本原則を

押さえていればいいと

私は考えています。

それは、『認めて、

任せて、褒める』

ということです。


人間は誰だって

自分の能力を認められ、

責任ある仕事を任され、

そして『よくやったな』

と褒められれば嬉しい

ものです。この逆を

やると、部下はあっと

いう間にヤル気を

なくしてしまいます。


(中略)


自分の心の動きという

ものは、相手は敏感に

察知します。何となく

苦手だと思っている

相手がいるなら、

その相手もきっと

あなたのことをそう

思っているはずです。


『こいつは無能だ』と

思っているなら、相手も

それを見抜き、距離を

置いてしまうものです。

人間というのは、かくも

鋭敏な生き物なのです。


恋愛だってそうでしょう。

最初からイヤな相手だと

嫌悪感を抱いていたら、

どう転んだって恋愛関係

には発展しません。


『まあまあいい人だな』

と好感を持つと、相手も

それを敏感に察知して、

徐々に恋愛が成立して

いくのです。あるいは、

見るからに素敵な人だと

思えば、それはもう

言わずもがな。こういう

気持ちは相手にも自然に

伝わっていくわけです。」

(@丹羽宇一郎

『若者のための仕事論』)


相手を説得することは

とても大変なこと。

でも、やらなきゃいけない

時もある。そんな時は、

自分の姿を自分が客観的に

見る視座を持って、

臨まなきゃいけない。


自分の利得ばかりを

述べるのでは、説得

できるはずはない。

そんな時は、自分の

利得にほくそ笑む姿を

相手に映しながら

話しているのだから。


その逆に、

自分の利得ばかり

述べている話を、

あたかも相手の利益

であるかのように

話すような話術を

持ちたいとは思わない

けれど…


「知性」って何だろう…

話し終わってから、

不意にそんな思いも

頭をもたげた。


それはきっと、

相手を論破するために

用いるものではなく、

自分の主張を通すため

のものでもなく、

自分がいかに客観的な

視座に立つことができる

のかというコトを

指し示すものだろう。


あらためて、自分を

さらに磨かなければ!

ということを感じた。

自分を映し出す鏡を

しっかりと見ながら…

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自分を磨く時間

これまでの半年間

あまりとは、すこし

違う時間の流れ。


時間の使い方が

すこし変わってくる。


そんな時間は、

自分をさらに磨く

ための時間として

与えられたのだろう。

(* ̄ー ̄*)


いつでもどこでも、

どんな時でも、

自分を磨く材料は

すぐそこにある。


そして、

自分を磨く時間を

大切に過ごすことで、

その時間の意味が

事後的にわかる。


今、わかる。

この半年間の時間が

いかに素晴らしかった

ということを。


これから過ごす時間が、

すこし時間が経った時に

イイ時間だったと思える

ように、大切に、大切に

過ごしていきたい。

o(*^▽^*)o


そう思えることに

心から感謝しつつ…

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「正義」について

土曜日の午後、

外来が終わって

書店に寄り道。

(o^-^o)


新刊本のコーナーに、

『これからの「正義」

の話をしよう』という

タイトルでの邦訳本が

うずたかく積まれていた。


これは、

NHK教育テレビで、つい

先日まで放送されていた

『ハーバード白熱教室』

で政治哲学・政治倫理を

わかりやすく講義していた

マイケル・サンデル教授の

『Justice:What's the

Right Thing to Do?』

を邦訳したもの。


400ページほどの

分厚い単行本で

読み応えがある一冊。


かといって、

その時の自分のカバンに

分厚い単行本を入れて

持ち歩くスペースがなく、

その場は購入せず

書店を後にした。


でも、

本の内容について

興味があり、iPadから

Amazonで検索してみると、

『Justice:What's the

Right Thing to Do?』

がのKindle Booksで

販売されていた。


で、早速ダウンロード。

そして今、読み進めて

いるところ。

(* ̄ー ̄*)


アメリカで起こった

実際の事例や、思考実験を

「功利主義」「自由主義」

そして「公共の福祉」

それぞれの立場で自ら

批判的に考えながら

読み進めることができる。


「正義」だと大上段に

構えて考えるのではなく、

日常の生活の中にある

「あたりまえ」のことに

ついても考える良い

きっかけになるのでは…

o(*^▽^*)o


「あたりまえ」が

「あたりまえ」で

あり続けるために。

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明日に向かって

ワールドカップ第2戦、

日本がオランダに

0-1で惜敗した。

・゚゚・(≧д≦)・゚゚・


勝ってほしかった…

というのが何より

正直な気持ちだけれど、

ヨーロッパの強豪国

相手に善戦したと思う。


日本人はこれだから甘い!

と言う人もいる。

でもね、実際にピッチに

立っていない人間が、

岡目八目で口出すことは

容易いことだけれど、

実際に戦った選手以上に

動けるワケじゃない。


それに、

人は弱い時ほど見守る

ことがとても大切。

弱い時にたたみかけるよう

に強く当たっても、人は

ますます萎縮してしまう。


温かく見守っているよ!

というメッセージが、

人を励まし、元気づけ、

そして強くする。

心から応援する気持ち

があるからこそ、

弱い時にこそ温かく

見守り、自分にできる

ことを考え、行動する。


明日に向かって、

「今、ここ」で為すべき

ことに専心できるよう、

気持ちも新たに、

元気で頑張ってほしいと

心から願います。

o(*^▽^*)o


自分はしっかり

見守っているからね!

(o^-^o)

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幸福と成功

内田樹さんのブログ

『内田樹の研究室』に

「成功について」という

タイトルでとても興味深い

記事があった。


タイトルにもあるように、

「成功について」の記事

なのだけれど、自分は

「成功」と対比して

記述されている「幸福」

の記述の方がとても

興味深かった。

その一部を採録します。


「だから、

『成功』と『幸福』

は一致しない。

『私は成功したが、

幸福ではない』という文も

『私は成功していないが、

幸福である』という文も、

どちらもふつうに

有意味の文だからである。


『幸福』についての

物差しはあくまで

個人の主観的印象である。

だから、

『私は幸福である』という

言明は他人が否定しても、

私が宣言すれば成立する。


この言明を否定する

権利は他者にはない。

『あなたが幸福で

あるはずがない』という

反論を挙証することは

現実的に不可能である。


しかし、

『私は成功者である』

という言明は他者の

介入ぬきには存立

しえないから、

『あなたは成功者では

ない。現に私はそう

思っていない』という

反論によって、成功の

言明は否定可能である。


こんな例を考えれば

わかる。人類が死滅して、

世界最後のひとりに

なった人間がいたとする。

彼が『私は幸福な人間だ』

という自己評価を

下すことはありうる。


けれども、

彼が『私は成功者である』

と自己評価すること

はありえない。そこには

『あなたは成功者だ』と

証言してくれる他者がもう

存在しないからである。


『幸福』ももちろん

他者依存的である。

けれども、『幸福感』が

志向する他者は

もっとずっと数が多い。


例えば、

死者からの贈りもの

によって幸福感を覚える

ということはありうる。


死んだ親の気遣いに、

死後ずいぶん経って

から気がついて、

『ああ、何とありがたい

親だったのか』と

感謝の念を覚えるなど

というのは少しも

珍しいことではない。


女性が懐妊して母になる

予感に幸福感を覚えた

場合、彼女を幸福にした

ものはまだこの世界に

存在していない。


だから、

世界最後の男になった

人が『死者たち』が彼に

遺贈してくれたもの

(書物や音楽や美術作品や

食糧や薬品など)について

『ありがとう』と

つぶやくことはありうる。


それは、

『幸福』には

『もう存在しない人間』も

『まだ存在しない人間』も、

『同時代に存在するのだが

会ったことのない人間、

私のことを知らない人間』

も関与することが

できるからである。

でも、『成功』は

そうではない。」

(@内田樹

「成功について」)


今この瞬間、

自分が思うことは、

「幸せだなぁ」ということ。


それは、

幸せな時間を過ごすこと

ができたという過去が

自分をそう思わせる。

たとえこの先、

同じような時間が

過ごせないとしても…


でも、

成功について考える場合、

同じような時間を過ごす

ことができなくなった瞬間

「成功」ではなくなる。


「成功」について考える

よりもむしろ、「幸福」

について考える方が、

人を幸せにするのだと

思うのだけれど…


そしてさらに、

「幸福」か否かについて

考えるよりもむしろ、

自分はいかに幸福か

について思い巡らせる

ことによって、

森羅万象に感謝する

気持ちも芽生えてくる

ように思うのだけれど…


そう思う自分は今、

大切な人の幸福を

心から祈る。

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リスクの見方

メキシコ湾での原油流出

事故に関して、アメリカ

議会でのBP社に対する

公聴会のニュースに触れて、

「災厄を最小限に抑える」

ことの大切さをあらためて

感じた。


おそらく、

リスクを過小評価した

ことが、被害を拡大させ、

負うべき保障までも

大きくさせてしまった

のだろう。


「災厄を最小限に抑える」

ということは、リスクと

思われる段階で、

インシデントにならないよう

リスクを低減させることと、

リスクがインシデントに

なった瞬間、被害が小さい

うちに食い止めることが

重要であるはず。


今回の事故から学ぶべき

ことは、リスクを決して

侮ってはいけない!

ということ。リスクを

過小評価してはいけない!

ということ。


そんなメッセージを

受け取ったような

気がした。


今日から再び

梅雨空の予報。

湿度の高い日が

続くと思います。

くれぐれも体調管理には

ご留意下さいね。

o(*^▽^*)o

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新たなスタートへ向けて

梅雨に入り、

湿度が高くなり、

梅雨らしい気候に

なってきた今日この頃。


この時期に、

新たなスタートを

迎える人がいます。

その人に向けて、

心からエールを

贈りたいと思います。

(* ̄ー ̄*)


今度は(?)、

「こころ素直に」

生きていってほしい

と思うのです。


「神も仏もいないのか。

そうどこかで思いつつ、

客観的な分析を重ねる

ことは、そう簡単では

ありません。


(中略)


しかしこのときの私は、

失うものが何もなかった

のです。だから明るい

気持ちでいられたし、

良くも悪くも開き直り、

『何くそ』と思って

努力を続けていけた

のだと思います。」

(@丹羽宇一郎

『若者のための仕事論』)


必ず誰かがあなたを

見守っている。

その見守りの下で

努力するあなたが

いる限り、必ず

その成果は何らかの

カタチになって現れます。

大丈夫!

o(*^▽^*)o


今日の日中は、

30℃を超える真夏日に

なる地域が多い予報。

(≧m≦)


水分を良く摂って、

熱中症にはくれぐれも

気をつけて下さいね。

(o^-^o)

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寄り道の効用

自分の大切な人は、

「寄り道」が大好き。

(* ̄ー ̄*)


目的とするところへ

行くことが主なのか、

「寄り道」をすることが

主なのかわからなくなる

まるで、「寄り道」する

ところが目的地だった

と思えるほど…

(^-^;


でも、

「寄り道」をしたことで

得られるものが大きい。

まさに、

「寄り道の効用」

(o^-^o)


「寄り道」をして初めて

見えるものがある。

それはつまり、

「寄り道」をしなければ

見ることが出来なかった

ものに他ならない。


当初目的とするところへの

「寄り道」が果たして、

目的になることもある。


人生もきっと同じ。

ある目的で進む道から

すこし「寄り道」して

見えるもの、触れるものが

実は人生の中で一番

価値の高いものになる

ことだってある。


先のことはわからないもの。

「寄り道」だと思って

いたことが実は、

自分が本来進むべき道

だったというのは

事後的にわかるもの。


プロセスはどうであれ、

それがわかった瞬間、

人は幸せをつかむ

チャンスを得るコトになる。


人に与えられた時間は

有限だけれど、これからも

たくさん「寄り道」をして

いきたいものです。

(o^-^o)


かくいう自分も

「寄り道」が大好きだから。

o(*^▽^*)o

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おめでとう!日本

日本がワールドカップ

初戦を制した。

ヽ(´▽`)/


カメルーン、日本とも

「守り」のウエイトが

大きく、なかなか

思うような「攻め」が

できなかったような

試合展開だったけれど、

日本が数少ないチャンス

をものにすることが

できた結果、勝ち点3を

手にすることができた。


2大会前のワールドカップ

日韓大会の時は、

日本戦をこの眼で観る

機会を得た。


その時と比べて、

サッカー後進国と

呼ばれた日本選手の

実力がようやく世界に

肩を並べるように

なってきたんだと

今回の試合を観て感じた。


よく、

「1人の天才より、

100人の凡人」という

ことを耳にするが、

どんな組織でも、

1人のスター選手に

頼るよりも、100人の

凡人の力を底上げする方が

チーム全体として

明らかに強い。

今回はあらためてそう

感じた試合展開だった。


そしてさらに、

「勝敗は時の運」

といわれるけれど、

確実に勝利を「運び」

入れる仕事を各選手が

やった成果だと思う。


自分も日本に生まれた

「凡人」の1人として、

自分の為すべきことを

さらに精進しよう!と

強く背中を押された

昨日だった。

o(*^▽^*)o


あらためて、

日本選手の健闘に

敬意を表します。

そして、

おめでとう!日本!!

(*^ー゚)bグッジョブ!!

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「元気な日本」

「元気な日本」

新首相の所信表明演説

でも出てきた言葉。


「元気」あるいは、

「健康」という状態は、

その状態にある時は

実はその自覚が

あまりないもの。

(^-^;


そうじゃない状態

になってはじめて、

「元気」だったんだ…

「健康」だったんだ…

と事後的にわかる

ことが多いもの。

( ̄ー ̄)


「元気」がないからこそ

「元気」づける必要が

あるということ。


じゃあ、「お元気で」

って言われて、

どう過ごせばイイの?

そんな疑問が浮かんでも

不思議じゃない。


言う側は、

「お元気にお過ごし下さい」

という相手を気遣い、

相手の健康を祈る気持ち。


言われた側は、

「元気」に過ごせるように、

「元気」でなくなる災厄を

最小限に抑えて過ごす

ということ。


すこしでも状態が悪い

と「元気」じゃないか

といえば、そういう

わけでもない。

すこしくらい状態が

芳しくなくても、

「元気」な人は

たくさんいる。


これ以上、悪くならない

ように気をつけることが、

災厄を最小限に抑える

ということなのだから。


梅雨の時期となって、

気候によって体調が

変化しやすい今日この頃。

どうぞ「元気」に

お過ごし下さい。


あなたの「元気」が

大切な人を「元気」

づけるのですから。


ところで、

「元気な日本」

今日6月14日の

午後11時(日本時間)

サッカーワールドカップ

日本対カメルーンの

試合がある。


「元気」な日本選手の

健闘を心より祈ります。

o(*^▽^*)o

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味覚が同期すること

ここ数日、

気の合う仲間と外食

する機会が多い。


その時にいつも感じる

のだけれど、味覚が

近いというか、味覚

について同じような

感覚を持っていると

いうのは、お互いに

楽しい時間を過ごす

大きな要素だと思う。


同じものを食べて

「美味しい!」という

言葉がシンクロした瞬間、

心理的にも同期した

感覚を覚える。


「『ご飯』というのは

人類学的にはたいへん

重要なものであるという

ことは先般より繰り返し

申し上げている。

とくに身体的『同期』

(シンクロニシティ)

がたいせつなのである。

誰かとご飯を食べると

いうことは、他者と

身体的に同期するための

もっとも実効性のある

方法の一つである。」

(@内田樹)


異なる環境で生まれ

育ったもの同士でも、

食事に対する価値観が

近ければ近いほど、

親近感を覚えるのは、

そういうことなのだろう。


自分に一番味覚が近い人

といえば、それは

自分の大切な人。


「栄養を摂取する」

コトだけに終わらない、

幸福感をも味わえる瞬間。

(* ̄ー ̄*)

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瞬きほどの時間

6月も10日以上過ぎ、

本格的な夏日が続く

今日この頃。


時間の経過は早いもの

だとわかってはいても、

実際に目の前に突きつけ

られると、愕然とする。


時間の流れからすれば

瞬きするほどの短い

時間だったけれど、

その瞬間瞬間、自分は

できる限りのことを

精一杯したのだろうか?

もっと他にすべきコトは

なかったのだろうか?

そんな想いが込み

上げてくる。


そんな想いが頭をもたげた

昨日の朝に、街なかで咲く

自分の好きな花を

見つけました。


それは「変わらぬ愛」

という花言葉を持つ桔梗。


凛と咲く素敵な紫色の花

を観て、自分がこうしたい

と思う気持ちを貫いて

実践していこう!と

あらためて誓った。

その花言葉のように。


心に残る素敵な時間

というのは、瞬きするほど

の短い時間だけれど、

瞬きしてる間に見逃して

しまわないように、

この眼でしっかり

見つめていこう!

o(*^▽^*)o



P1010124

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4年に1度の夏の祭典

今日(日本時間23時)

FIFA World Cupが

開幕する。


これまで2度の

World Cupを観戦する

機会があり、この目で

実際の試合を観戦した。


Jリーグの試合も

観戦したことがある

けれど、そうした

比ではないくらい

1試合1試合が

とてもスゴい雰囲気

の中で行われる。


これはテレビ観戦では

味わえない雰囲気。


今大会も日本もは

予選リーグ出場を果たし、

その勇姿を見せてくれる

のだけれど、

国と国とがプライドを

掛けた闘い!と思わず、

4年に1度開かれる

サッカーの祭典を

楽しむ方が何倍も

楽しめるように思う。

(* ̄ー ̄*)


とは言うものの…

日本チームを応援する

気持ちは当然持っている!

(*゚▽゚)ノ


日本選手の健闘を

心より祈ります。

o(*^▽^*)o

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「若者のための仕事論」

すこし前のニュースに

民間から初めて中国大使

に起用されるという

報道があった。


その人は、

このブログでも取り上げた

丹羽宇一郎さん。

アリ、トンボ、人間、

そして富士山?


昨日、書店で丹羽さんの

著書『若者のための仕事論』

を購入して早速読んだ。


とても読みやすく、

何より元気が出る。

実際、まえがきに

「本書は私から若者に

向けたエールです。」

とあるように、

本文の端々から

ガンバレっ!という

意気込みが伝わってくる。

(o^-^o)


そんな「エール」の一端

をここに採録します。


「もしあなたがミスを

したなら、批判も怒声も

すべて受け入れるしか

ないのです。カッコよく

見せようとか、能力が

あるように見せようと

すると、どこかで必ず

綻びが出てきます。

いつも等身大の自分で

いることです。


そして何より、

等身大の自分を磨く

ことを考えなくては

いけません。いくら

良く見せようと思って

顔にペタペタと何かを

塗って化粧したところで、

そんなものはすぐに

剥がれてしまいます。


心の化粧だって

同じことなのです。

一生、自分の心に

化粧することは

できないし、無理して

化粧を続けても、心が

壊れてしまうでしょう。

あるがままで評価して

もらうしかないのです。

ミスをしたら、

これから同じことを

繰り返さないために、

実力をつけていく

しかありません。」

(@丹羽宇一郎

『若者のための仕事論』)


「等身大の自分」を

鏡に映して、自分磨きを

するという姿勢。


そのためには、

常に自分の姿を見て、

自分というものを

受け容れ、自分の

あるべき姿を想像し、

それに向けて自分を

磨いていく。


そのための努力を

惜しむな!!という

エールが込められている。


人のせいにせず、

自分に言い訳せず、

前を向いて地道に

進んでいく。

ただひたすらに。

o(*^▽^*)o

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走れ!走れ!!

この1週間で自分の

状況が大きく違って

いるコトに気づく。

(* ̄ー ̄*)


走っている時は、

「時には立ち止まって」

という思いになり、

何となく止まって

しまっている時は、

「走れ!走れ!!」

と思ってみたり…

(≧m≦)


そんな「あまのじゃく」

みたいなことを言ってる。

( ̄ー ̄)


今は差し詰め、

自分に向かって

「走れ!走れ!!」

と言わなきゃいけない

ような感覚。


時には励まし、

時には叱る。

まさしく自分に

叱咤激励しながら

過ごす毎日。

ある意味忙しい…

(^-^;


とにかく今は、

もっともっと、

前に前に走らなければ

いけない時。

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iPhone 4

やはり!というべき

なのだろうか?

朝目覚めたら、

新型iPhoneである

「iPhone 4」が

6月24日に発売される

というニュースが

飛び込んできた。

(゚▽゚*)


これほどまでに、

1社の新製品発売の

ニュースが世界を

駆け巡る会社は

他に見当たらない。

それだけ注目度が

高い証拠なのだろう。


新型のiPhoneが今夏に

発売されるだろうという

ニュースは、4月頃に

The New York Times

で知ったのだけれど、

その時に報道された

通りのフォルムで、

とてもスマート。


驚きというより、

やっぱりねっ!という

言葉の方がシックリと

当てはまるような

そんな気がする。

(* ̄ー ̄*)


今使っている

iPhone 3GSも結構

使い勝手が良いのだけれど

今度のiPhone 4はさらに

使い勝手が良くなりそう…

そんなニュースで

目覚めた朝。

(≧∇≦)

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木陰の清々しさは…

昨日も朝から陽射しの

眩しい一日だった。

(^-^;


陽光を浴びると

汗ばむくらいの陽気。

こんな時は木陰が

とてもありがたい。

(* ̄ー ̄*)


新緑から深緑になった

青々しい葉が、

強い陽射しを遮って

清々しい気分に

させてくれる。


そんな緑いっぱいの

木陰の下に身をおいて

ふと気づく。


ある時は穏やかな陽射しで、

陽の光そのものが有り難い

時もあれば、眩しいくらい

の陽射しになると、

有り難迷惑に感じて、

それを遮る木陰をむしろ

有り難く感じてしまう。


木陰は本当に有り難い。

でも、この木陰の清々しさ

が有り難いと感じるのは、

眩しい陽光があるからこそ。

陽の光が沈んだ夜には、

木陰の有り難みを

感じることはない。


目の前にあるものだけを

有り難いと思うのではなく、

その背景にまで目を向けて

本当の意味での有り難みを

理解することは大切な

ことなんだろう、きっと。

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パワーランチ!?

日本に帰ってきて、

慌ただしく時間を

過ごしてきた。

(^-^;


昨日もいつもと同じ

ように外来を終えた。

その後、K先生と

おみやげ話をしながら

いつものお店で

うなぎを食べた。

まさに!「パワーランチ」

(o^-^o)


美味しい鰻を食べて、

時差ボケが解消された

ような気持ちになって、

元気になるなんて

まさに自分らしい。

(* ̄ー ̄*)


食事はホントに大切。

それは栄養だけじゃなく、

食べる楽しみが心も身体も

元気にしてくれる。

それが楽しく食べられる

のならなおさら!

o(*^▽^*)o


おみやげ話に花が咲き、

心も身体も滋養された

有意義なひとときだった。

(゚▽゚*)

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スピード感

今、「より速く」

というコトが良いコト

であると考えられている。


実際、

すこしでも速く伝えること、

より速く運ぶことは

メリットが大きい。


でも、どんなものにも

必ずデメリットがある。


速さを追求したがために、

失うもの、置き去りになる

ものもあるのだと、

あらためて気づく。


速いに越したことは

ないのだけれど、

時には、

立ち止まってみないと

わからないことだってある。

必ずある。


あるいは、

時間が過ぎてみないと

わかることだってある。

きっとある。


止まってばかりも、

困りものだけれど、

急ぐばかりが良いこと

だと感じるのは、

すこし見方を変えた方が

良いのかもしれない。

(* ̄ー ̄*)

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恐るべし…体内時計

今回、

いつもより短い

アメリカ滞在であり、

帰国前には時差ボケ

解消の工夫をしていた

にもかかわらず、

一度リズムを刻むと、

あちらのリズムに

身体が呼応している。

(≧m≦)


身をもって

体内時計の存在と機能

を理解している今。

(^-^;


とはいえ、

昨日のブログ記事に

書いたように、

新しい自分がすでに

始まっている!!

さぁ!頑張ろう!!

o(*^▽^*)o


写真は、帰国直前の

サンフランシスコ空港で

撮った1枚です。

(o^-^o)



P1010106_3


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無事帰国しました

午後4時過ぎに

成田に到着し、

無事帰国しました。

(o^-^o)


今は帰路について

いる途中です。

(* ̄ー ̄*)


日本に着いた瞬間から

これからの自分が始まる。

そんな気持ちで着陸の

瞬間を迎えました。

さぁ!

新たな自分の始まりです。

o(*^▽^*)o

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外から内を、内から外を

アメリカに来て

5日目の朝。

(* ̄ー ̄*)


ホントに、今回の

アメリカでのスケジュール

はとてもタイトだから、

メールチェックも

ほとんど朝と夜だけ。

ニュースに触れる機会も

朝の新聞(USA Today)と

朝と夜のCNNニュースだけ。


CNNではもっぱら、

メキシコ湾の原油流出の

ニュースと、イスラエルでの

パレスチナ支援船を拿捕した

ニュースばかり。


そんな中、今朝の新聞に

鳩山首相の辞意表明の

記事が載っていた。

(CNNでは伝えてない…)


そんな記事に触れてまず

えっ!?と驚く。

そして次の瞬間、やっぱり

日本は平和な国なんだなぁ

とあらためて思う。


こちらでの新聞の記事は、

「4年以内に辞める

4番目の首相」

というタイトル。


たしかに、

発言内容には問題が

あったのだけれど、

日本には

「石の上にも三年」

という箴言があるように、

何か物事を為すためには

忍耐強く取り組む

時間も必要のはず。


諸外国から見れば、

任期を全うしないまま

首相がコロコロと入れ

替わるような政治状況は、

とうてい「国益」になる

ようなコトではないと思う。


逆に、政治のトップが

4人も続けて任期途中で

投げ出すような国

なんだね、日本は…

だなんて思われる。


でも、

あらためて日本が平和

だと思うのは、首相が

コロコロと入れ替わっても

国が維持されているという

システム。


そういう意味で、

平穏無事な日本を

甘受をし続けるか?

これからの変化に対応

すべく、忍耐強く政治を

見つめ続けるか?

それを選ぶのが

日本の国民なのだから。


そういう意味でも、

外からの視点で

内を見るコトも

大切だと思う。


今回のアメリカ訪問で

外にいる自分から、

日本にいる自分を

見つめる機会を得た。


そんな視点で

物事を見てあらためて

気づくこともある。


内側からだけでなく、

外側からも見つめてみる。

逆に、

外側からの視点だけ

でなく、内側からも

しっかりと見つめる。


外から内を、

内から外を。

そんな風に時々、

視点を変えて

見てみることが、

本当に大切なんだねっ!

o(*^▽^*)o

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アメリカの街場

アメリカに来て

4日目の朝。

今日はとても素敵な

Wake up callで

目覚めることができた。

(o^-^o)


ところで、

今回アメリカに来て、

肌で感じるのは、

今までとはすこし違う…

という感覚。


今回はとてもタイトな

スケジュールなので、

ゆっくり街を散策する

時間もないのだけれど、

すこし違うな…という

ことだけは肌で感じる。


肌で感じるので、

上手く表現できない

けれど、身体感覚として

これまでのアメリカとは

違う感じがしてならない。

どうしてなんだろう…

キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ


アメリカに来る直前、

内田樹さんの

『街場のアメリカ論』

を読んだ。


そこには、

「アメリカは遠からず凋落

する」とあった。

まさしく、その

ゆっくりとした凋落を

肌で感じる。


アメリカが世界に示した

「グローバリズム」の

真っ只中で、アメリカ

自身が自国の事情に

固執しているかのよう。


amazon kindleや

iPadのような画期的

なモノを世に送り出す

風土を持つ一方で、

政治的、思想的には

とても内向きになって

いるように感じる。


こんなはずじゃなかった

のに…という思いも

とても強く感じる。


他国のありようを観て、

自国のありようを考える。

今回のアメリカ訪問では、

そんなことを感じた。


ところで、

タイトなスケジュール

ではあるけれど、美味しい

食事だけは外せない!

とばかりに、昨晩は

フィッシャーマンズワーフへ

大好きなシーフードを

食べに行った。

( ̄ー ̄)ニヤリ


アメリカの凋落を

肌で感じたけれど、

美味しいシーフード

だけは変わらないなぁ

と舌は感じていた。

(* ̄ー ̄*)



P1010103

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